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奴隷商人は嘘をつかない  作者: 狼子 由
第7章 I'll Remember
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13 禁忌の種族

【前回までのあらすじ】取引相手の貴族カナイの正体は、リドル族からかつて追放されたヒデトという男だった。ヒデトの目的は『原初の五種』、それぞれの種族の守り手を手に入れることらしいけど――?

「さあ、どうする? この場で俺に忠誠を誓うか、そこの幼い同胞に全てを託すか……どっちがお好みかね?」


 カナイ――ヒデトが嫌な笑いを浮かべている。

 それでも、睨みつけるサクヤの瞳には動揺は見えなかった。むしろ、何が何だか分からないままのオレの方がよっぽど動揺してる。


「なぁサクヤ。リドル族だって言うのに髪も眼の色も違うのはどういうことだ? それに耳だってないし……」


 銀髪に紅の瞳、白く長い耳が種族の特徴だ。そのどれ1つとして持たないヒデトは普通の人間にしか見えない。

 オレの問いにサクヤが付け足した。


「色だけじゃない。そもそも顔つきだって別人だ。もっと言えば……とっくにあいつは寿命を迎えてる年だ。俺が姫巫女になった時から、もう150年は経ってるのに、例え生きてたとしてもそんなぴんしゃんしてるのは普通じゃない。寿命を伸ばすような魔法なんて――それも古都の国の――?」


 ナチルを無理やり成長させたという例の研究者なのか? 成育の促進だけじゃなくて、まるきり別人になってしまったり、長生きさせてしまうような魔法まで……そんなに次々に開発出来るものなのか?


 ヒデトは自分の顔を確かめるように、頬に手を当てた。


「ああ、あの研究者な。あいつはなかなか才能があるし、いずれは辿り着くかも知れないが……今のところ奴にそこまでの知識はない。これは俺の魔法だ。リドルという種族を捨てて、新しく手に入れた――」


 うっとりと呟くその表情が――笑っているのに、何だか泣いているようにも見えた。

 それはきっと、捨てたものが大きすぎて。


 何で、獣人達は。

 こんなにも自分の血を愛してるのだろう。

 それなのに何故ヒデトは、そんな自分の血族を切り捨てるようなマネをするんだ――?


「さあ、どうするサクヤ? 約束してやろう。どっちを選んでも、あっさりと苦しみから解き放ってやったりはしない」

「お前、まだ前の姫巫女のこと……?」


 理解を拒む表情で、サクヤが小首を傾げた。

 その言葉に反応して、ヒデトのオリーブ色の瞳が危険な色を増す。


「悪いか? お前にも分かるだろう、大事なものを失う時の気持ち。お前にだっているはずだ。その手の中から永遠に失われた者が……」


 ギラギラと光るその瞳に照らされて、眉をしかめたサクヤがちらりとオレを見た。

 無表情のまま、視線がオレを透かしてどこか遠く――窓の向こうを見て、口を開く。


(――撃ち殺してやる!)


「――伏せろ!」


 頭の中に叩き込まれた声が、サクヤの声より先立った。

 耳が言葉を理解するより早く身体が動いた。キリとサラの方にタックルするように勢い良く突っ込む。

 オレに潰されて一緒くたに転がった――ように見せかけたサラが、その勢いを使って風のようにカエデに向かって飛び込んだ。

 床に伏せたオレの頭の横では、ギュィン、と何かが弾けた音がする。

 その着弾音に気を取られている内に、飛び掛かってきたサラに対処が遅れて、慌てたカエデがナチルの首に剣を差し込もうと――


「ちょ、早すぎる――!?」


 ――きぃん、と剣の先を、サラのナイフが弾く。

 その隙を突くように、キリが剣を抜いて飛び掛かって行った。


 サラとキリの連携攻撃に対処するためにカエデがサラに弾かれた剣を引き戻そうとして、一瞬腕から力が抜けた。その隙にオレはナチルの腕を取って自分の方へ引き込んだ。


 今の新兵器の破裂音、オレ達だけでなくヒデトとカエデも驚き混じりに反応していた。

 つまり――


「――この女……あれ程言ったのに、伏兵なぞ仕込んでたとは」


 ヒデトが、血塗れの死体を足先で小突く。

 つまり――新兵器のルートはシオのものだったのか。


 今のは良いタイミングだ。多分狙撃手はシオがいきなり殺られてもすぐには対応出来なくて、今になって適当にぶっ放して来たんだと思う。だから、オレ達を助けるとかそんなこと何も考えてなかったと思うけど、これはいいチャンスだ。この機会にこちら側の体勢を立て直したい。

 オレは掴んだナチルの身体をサクヤの方に押し出しながら叫んだ。


「サクヤ、それ抱えて外へ逃げろ! サラは今の新兵器のヤツ探せ! キリ、カエデを頼む!」


 各々の返答も見ないまま、オレ自身は正面のヒデトに対峙してナイフを抜いた。

 カエデと組み合っていたサラの気配が背後から掻き消え、キリがカエデに向かって初撃を踏み出す足音が響く。サクヤについては気配ではよく分からないけど、いつものようなワケの分からない駄々を捏ねてないことを、祈るしかない。


 じりじりとナイフを構えて近付くオレの姿を見て、ヒデトは意地の悪い笑顔を浮かべている。


「丸腰の俺に対してナイフで挑むのか? 随分なガキだなぁ……」

「だってあんた、魔法が使えるんだろうが」


 オレの答えに、ヒデトが笑った。


「さっきは魔法と言ったが、そこらの魔法使いと同じに考えてもらっちゃ困る。まあ大まかに言えば魔法みたいなもんって括りでいいんだけどな――」


 輝くオリーブ色の瞳を見ながら、何故か。

 耳鳴りのような――目眩のような――?

 くらくらと、気が遠くなってきた。


 背後でキリとカエデが剣を交わす音が聞こえる。

 窓の向こうに、振り乱された白銀の髪を追うサクヤの姿が見える。


「――ナチルっ!」


 いつもならオレの注意を全て持ってってしまうのに、今はサクヤの叫ぶ声すらも、何故か遠くて。

 背中で聞こえる剣戟の音も、少しずつ遠ざかっていく。


(……随分頑張るじゃないか)


 頭に直接叩き込まれるような声。

 ぎりぎりと、異質なものをねじ込まれる違和感と痛み。


(サクヤのペットだと思って、甘く見てた。ここからは本気で――)


 ――痛い。

 違和感を通り越して、全方向から一気に圧迫される。捻り潰される。

 周囲からぐいぐいと圧迫されながら入り込んでくる……まるでオレがジュースにされる果実になったみたいに――


「――っがあぁ!?」

「? カイ、大丈夫か?」


 頭を抱えてのたうち回るオレに、キリが剣を振りながら声をかけてくれた。心配するキリの様子を鼻で笑うようなカエデの声も聞こえるけど――どれも、遠い。


 頭を抱えるオレの手の中から、ナイフが落ちた。

 すぐ近くにヒデトが近付いて来ている。

 でも――どれもこれも遠すぎて、良く分からない。

 もう痛みだなんて感じられない、ただ強烈な圧迫と衝撃。


 ヒデトの手が、こちらに伸びてきて――


 ――瞬間に、ばちん、と弾ける音がした。


 突然、オレの周囲を取り巻く環境がクリアになった。

 全ての拘束から解放されて、オレは安堵の余り膝を突く。


「――ぅあ……」


 気がつけば、予想以上に近付いていたヒデトが、真上からオレを見下ろしている。


「何だ、今の? 俺をはじきだすなんて、お前……何の力だ?」


 ヒデトの手がオレの頭に向かって下がってきた。


「仕方ないな。もう一回……」


 無防備に伸ばされたその手を、オレは。

 床に転がったナイフを拾って、即座に切り付けた。

 ヒデトの右腕に食い込んだナイフを、肉を切り裂く確かな感触を感じながら、力を込めて振り抜く。


「……あぁ? 抗うもんだな」


 深い傷口を庇って、ヒデトが距離を取った。吹き出る血流を押さえている様子からすると、咄嗟の動きにも関わらずオレのナイフはでかい血管をぶった切ったらしい。この出血では早めに対処しないと……命に関わる。


 今の何だか分からない攻撃は怖い。

 この傷で引いてくれると良いんだが……。

 だけど、傷の深さとオレの願望とは裏腹に、ヒデトの態度には随分と余裕があった。


「何だろうな、お前。気になりはするが……」


 その言葉の直後。

 ぐり、と再び何かが頭の中に入ってきたような感覚。

 痛みの余りぎゅっと眼を閉じたけど、今度はさして間も空かずに、入ってきたものが飛び抜けていった。


「――っく……」


 一瞬の異物感ですら、目眩がする。

 それでもオレは顔を上げてヒデトを睨みつけた。

 ヒデトは訝しげな顔でオレを見ている。右腕からたらたらと流れる血は、最初の勢いを失って床に垂れ落ちるだけになっているが、随分と血が止まるのが早い。流れなくなってるってことは、なくなってるってことなんじゃないのか? このままにすると、こいつ失血死するんじゃ……。


 本人はオレの不安などどこ吹く風で、苛々と顎に手を当てて唸り始めた。


「ん……困ったな。これが効かないのは予想外だ。神の守り手とその庇護にある一族には、効きづらいというのは知っていたが……」


 その困ったような――なのにどこか面白そうな顔を見ながら、オレは息を整える。とにかく隙を見つけて飛び掛かるしかない。浅い呼吸を繰り返して、落ち着きを取り戻そうとするオレの背後に、するり、と慣れた気配が無言のまま立ち上った。


「サラ……」


 狙撃手を討ったサラが戻ってきた。

 力を抜いて立つ様子はさして気負ったところもなく、目の前の敵を排除する目的のみを伝えてくる。


 今にも飛びかかりそうなその姿に。

 オレがその身体を止めるより先に。

 黒いしっぽをしなやかに揺らしたサラが、静かにヒデトに向けて足を踏み出して――


「――ぅあ!」


 直後に、小さな呻き声とともに膝を落とした。

 慌てて駆け寄ってその身体を支えるように手を置くと、びくり、と背が跳ねる。


「サラ!?」


 多分さっきオレが食らったのとほぼ同じ――何だか分からない攻撃を受けているんだ。


「ほらな? これが普通……でもないか。お前、こっちも邪魔してるのか?」


 邪魔? 何のことだろう。

 オレはサラの肩に手を乗せてるだけだ。


「あぁ……もうちょっとだが……くそが」


 ヒデトが眉を寄せて、力を込めるような素振りをしている。その動きと同時にサラの身体がびくびく震え始めたから、オレは慌てて両肩を抱え込んだ。


 驚いたように顔を上げたサラは、何故か涙を浮かべていた。どうしたと問いかけようとするオレを見つめながら、自分の肩に乗っているオレの手にナイフを向けて――ちくり、と皮1枚に刺さったところで――その手が止まった。


 痛いけど。

 それよりも、サラの腕がぶるぶると震えていることの方が気に掛かる。

 まるで、勝手に動く自分の腕を、無理矢理に止めているみたいに――。


「――あぁ、駄目だ。くそ、何なんだ、お前は。俺と相性が悪いのか? それともたったこれだけの関係で、サクヤの庇護下にあると認識されてるのか? 同胞でもないくせに」

「あんたこそ何なんだよ!? サラに何をしてるんだ!」


 言い募るオレの声に反応して、ヒデトの唇が楽しそうに歪んだ。

 その瞬間に、震えるサラの手から急に力が抜けた。そのままぐったりと倒れ込みそうになる身体を、オレは膝を突いて抱え込む。


 笑いながらオレに向けて、ヒデトは自分の右腕を差し出してきた。

 その腕はもうほとんど血が止まっていて――さっきナイフで深く抉った傷口が、既に塞がりかけている?


「見ろよ。こんな風にあっと言う間に治っちまうんだから、便利なことだよなぁ」


 見せびらかしてくるその姿。

 それに似た光景を、オレは見たことがある。


 あっと言う間に、傷が治って。

 寿命などなく、永遠に生きる。


 その在り方は。


「あんた、自分が『神の守り手』を……?」


 『神の守り手』を2種族押さえたと言った。

 その片方は、自分自身なのか――?


 だけど、ヒデトはリドル族だと言ってるのに、リドルの姫巫女はサクヤだ。

 ならば目の前の男が継いだのは。


「ありがたいことに、サクヤが実証してくれてるんだぜ。神の守り手は別種族でも継げる。だから、俺が継いだのは禁忌の種族――『ヴァリィの魔術師』だ」


 その言葉を聞いた瞬間に。

 オレの背後で甲高い音が響いた。

 ほぼ同格の腕を持ちながら、組み合う剣を弾いたのは――キリだ。


「――カエデ。何度でも言う。私は君を迎えに来た。君と森に帰る為に」


 低く落ち着いた声の様子で、振り向いて姿を見なくても、キリの心が浮ついていないことがよく分かる。どちらも遜色ない剣の腕を持つ2人で、キリが勝ち得たのはその落ち着きの為だろう。

 ヒデトから目を離せず空気を背中で感じているオレと違って、2人の様子を堂々と見ているヒデトは「あーらら」と間抜けた声を上げている。場にそぐわない声だけど誰も反応はしない。


「キリ……」


 その名を呼んだ、カエデの声は。

 ――憎しみを湛えていた。


「今更私を森に戻して、どうするつもり? 飼い殺し? 幽閉? そもそも私は尻尾も失ったし、君を騙して奴隷商人に売り飛ばすような女だけど……女王は許してくれるかな?」

「私も一緒に嘆願する。きっと女王様だって分かってくださる」


 答える声には真実の響きがこもっているのに。

 何故か、カエデには伝わらない。


「嘘だよ。それは嘘だ」


 キリを否定する楽しそうな声に、少しだけ悲しみが混じっている。その心中を思えば、複雑なことは想像に難くない。

 それなのに。

 オレの目の前に立っているヒデトは。


 心の底から嬉しそうに、笑っていた――。

2015/10/27 初回投稿

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