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奴隷商人は嘘をつかない  作者: 狼子 由
第1章 Beautiful Stranger
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9 露天のオークション

 夜が明けて賑わい始めた町の中、引き続き買い物をする。

 さっきまでと逆に今度はサクヤが前に立ち、必要そうなものを買い込む。

 性別が戻って気兼ねなしに話せるようになった為に、オレはお役御免らしい。

 そこそこの値段で質の良いものを選んで、適度に値切っていく様子はさすが商人。


 ちなみに、買い込んだものは全てオレに持たせてくる。

 ……はいはい、どうせオレは荷物持ちくらいしか能がありませんよ。


「そう言えばお前、ナギの弟子なら武器は刀か?」


 通りすがりに武器屋の店頭を眺めながら、サクヤが尋ねてきた。

 確かに、師匠の武器は刀だ。

 必殺技は居合抜き。腰に刷いた愛刀暁あかつきを一瞬で抜き放つ、電光石火の早業だ。弟子なんだから、その技を教えてもらえば良かったんだけど。


「いや、『不器用が刃物を持つと危ないから』って、刀は持たせてもらえなかった」

「……じゃあ、弟子って何を教えてたんだ、あいつは?」

「『刀に限らず刀剣類は基本は一緒だから』って、普通のショートソードで素振りしたり、打ち込みしてたなぁ、大体。ショートソードなんか師匠にとっては刃物じゃないらしい」


 ああ、懐かしいな、オレの愛剣。

 あれも宿に置いてきてしまったのは残念だ。師匠のことだから、わざわざオレのために持ってきてくれたりはしないだろう。思い切りのいい師匠の手に掛かれば、今頃は鉄くずか、良くて古道具屋だ。


「……まあ、お前がそれでいいならいいけど」


 何か言いたげにしながらも、サクヤはとりあえず口を閉じた。そのまま黙ってオレのシャツを引っ張り、今来た道を数歩戻る。

 先ほど通り過ぎた武器屋の前まで戻ると、店番のおっさんが「らっしゃい」とつまらなそうに呟いた。

 サクヤはその店先に置いてあるショートソードを指す。


「荷物持ちのお代に、これくらいは買ってやってもいい」


 その言葉を聞いて、おっさんが店の奥から出てきた。

 オレ達の視線の先を見て、ふん、と鼻を鳴らす。


「それは値段にしちゃなかなかいいぜ。抜いてみなよ」


 剣を手に取ると鞘ごとこちらに向けてくれた。

 買うなら確かに抜いてみたいけど、あいにくオレの両手は荷物で塞がっている。


「サクヤ、代わりに抜いてみてくれよ」

「え」

「……そんな嫌そうに言わなくても」

「いや、嫌とかじゃないけど……」


 しばらくぶつぶつ言っていたが、諦めておっさんに両の手のひらを差し出した。その手に、おっさんが剣を鞘ごと乗せた途端――


 ――がすっ。


 と、剣が落っこちた。

 落とした張本人が一番驚いているのか、拾いもせずにそのまま固まっている。


 動かないサクヤの代わりに、オレは荷物を一旦地面に置いて、剣を拾い上げた。

 持ち上げてみれば特に何ということはない、ショートソードだ。もともとオレが使っていたものよりは、確かに多少重いような気もするけど。


「何? 持ち上がらなかったのか?」

「……うるさい」


 ようやくフリーズから解けたサクヤは、オレの方も見ずに口数少なく答えた。懐から金貨を数枚取り出している。

 剣を拾いながら覗き込んだフードの奥で、口元から首筋にかけてが真っ赤になっているので、つい笑いそうになった。

 が、ここで笑えば罵倒かブーツの底が返ってくるのも、そろそろ想像できるようになってきたので、こっそりと楽しむことにする。


 どうやら、見た目通りあまり力はないらしい。

 あまり、というか、だいぶ。――かなり。……非力と言ってもいいと思うが、これ以上は武士の情けで言わないでおいてやろう。

 金貨を受け取ったおっさんが、呆然と呟いた。


「……こんなつもりじゃなかったんだが……まいどあり」


 おっさんの目の前で落としてしまったら、モノに関わらず買い取るしかない。あくまで善意で抜いてみろと言ってくれたおっさんも、びっくりしたことだろう。


 ――お勧めしてから数秒の、スピード購入です。

 我慢しきれずに笑いを漏らすと、気配を察してかサクヤが蹴りを入れてきた……こいつのブーツ、本当むやみに固いんだけど。


 オレが痛みでしゃがみこんでいる内に、サクヤはどんどん先に行ってしまう。これ以上この話題に触れると本当に放っていかれそうなので、オレは買ったばかりの剣を腰に提げ再び荷物を持って、サクヤを追いかけた。


 必要なものは大方集まっただろうか。

 そろそろ出発か、と思った時、ふと市場の端に人だかりができているのを見つけた。人だかりの向こうの小さな壇上に立っている人間の姿を見て、その理由を理解する。

 こんな小さな町では珍しいが、奴隷のオークションが始まったらしい。先を歩くのが奴隷商人であることを思い出して、何となく声をかけた。


「ああいうのは参加しないのか?」

「しなくはないが……こういうのは、高級品が少ないからな」


 サクヤさんは、高級品専門なワケだ。

 金目当ての職業だそうだし、利益のでかいものが取扱い商品の中心なんだろう。


 オレ個人の意見を言えば、あまり気持ちのいいものとは思わない。『何でも言うことを聞かせていい人間』という存在が性に合わない。

 ただ、奴隷を売る方も買う方もそれなりの理由があるので、特にそのシステム自体に文句を言うつもりもない。

 ついでに言うと、オレ自身が奴隷を持てるような立派な身代もないので、否定も肯定も意見を聞かれる立場でもない。


 そういう立場からすると、奴隷オークションはただ単に出店として、見ていて面白いものではない。

 別々に売られていく親子の奴隷の泣き声や、諦めきった様子の表情を楽しいと感じる人間がいるのだろうか。

 気付きはしたものの、そのまま通り過ぎようと思っていたが、どうやらオレの隣の人間は口とは裏腹に気になっているようだった。よく気を付けて見ると、先程からそちらに向ける視線の数が多い。


「なあ、あんたのお仕事だし、気になるなら寄れば?」


 声をかけてやると、一瞬その動きが止まった。


「……何で分かった?」


 恐る恐るというような声で問いかけてくる。

 言い当てられて驚いたらしい。


「いや、何でもくそも、あんた、さっきから気にしてるだろ」

「気になるのは事実だが……お前、ずいぶん観察眼が鋭いんだな」

「そうか? 普通だろ」


 オレに指摘を受けたサクヤは、もう隠そうとはせず、人混みに向かった。

 壇上で、商人が売り口上を述べている。壇の中央に立つのは、狼のような耳と尻尾を生やした女奴隷だった。


「こちらは奴隷市場では、リドル族の次に価値が高いと言われるグラプル族の女です! グラプル族は非常に力があり、荷物運びには最適! 本来は男がお勧めですが、女でも十分お役に立ちます! いかがですか? まずは100金貨から!」


 そこまで聞くと、サクヤはふいとオークションに背を向けた。そのまま歩み去る背中を追って、オレは問いかける。


「もう見なくていいのか?」

「ざっと見た。掘り出し物はない」


 どうやら、オレが壇上の商人の掛け声を聞いてる内に、並べられた商品の全ての品定めが終わったらしい。さすがと言うか、何と言うか。


「さっき壇上に上がってたグラプル族はどうなんだ? グラプル族っていうのは、オレも聞いたことあるぞ。普通の人間よりも、遙かに高値で売買されるらしいじゃないか」

「獣人が何で高値なのか分かるか? 滅多に市場に上らないからだ。特に、さっき口上で上がったリドル族とグラプル族。これは特にほとんどお目にかからない。あんな値段で競りが始まる訳がないし、見れば偽物かどうかすぐ分かる」


 さすが本業。

 あんな遠目で真贋が見分けられるらしい。

 ちなみに、オレにはさっぱり分からなかった。そもそも思い出してみても、本物のグラプル族というものを見たことがない。


「どうやって見分けたんだ?」


 今後の参考になりそうだし。

 ちょっと聞いてみることにした。

 サクヤはオークションの方をちらりと見ながら答える。


「本物を見たことある奴は間違いようがない。グラプル族は勇猛果敢な一族だ。森の中に潜んでいて、そうそう捕らえられない。迂闊に踏み込むと、こっちが逆に全滅するくらいだ。捕らえておくにはもっと頑丈な鎖が必要だし、耳も尻尾もよく動く。あんな垂れ下がってるだけの代物じゃない」


 どうやら先程の偽物は、よほどお気に召さなかったらしい。

 一呼吸で言い切ると、再び前を向いて歩き出した。その背中を追いかけながら、重ねて聞いてみる。


「じゃあ、リドル族は何で高値なんだ? 随分綺麗な生き物とは聞いてるが」


 先ほどの口上のもう一方の種族の名を上げると、サクヤの足が再び止まった。

 静かに、こちらを見上げてくる。


「――狩り尽くされたからだ」


 一言答えると、それ以上は何も言わず、踵を返した。

 どうにもその背中がそれ以上の質問を拒んでいるようで、しばらくオレ達は無言で歩いた。

2015/05/31 初回投稿

2015/06/12 サブタイトル作成

2015/06/20 段落修正

2015/08/06 校正――誤字脱字修正及び一部表現変更

2015/10/09 校正――誤字脱字修正及び一部表現変更

2015/12/05 校正――誤字脱字修正及び一部表現変更

2018/02/03 章立て変更

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