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水牢  作者: れきさに
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翠の瞳

 カランカランと鐘の音が鳴り響く。今日の授業が全て終わったことを示すその音は通っている学生たちに響き渡り、それを聞いた人々は各々好きなように行動を開始する。終わったとわかるや教室から出ていく者、真面目に教師に質問に行く者、近くの友人と雑談を始める者。


 普段ならば俺はこの場に残って勉強を始めるのだが、今日は別である。一通り荷物を片付けると、学園のとある場所に向かった。ワイワイガヤガヤと学生たちの話す姿を後目に、するするとその間を抜けるように歩き続けると、敷地面積が広いこの学園で普段あまり足を運ばない場所に到着する。記録と知識の宝庫、図書館である。王都直属の学園ともあって、この図書館の蔵書量は多い。大半のことはここで調べれば分かると言われているが、蔵書量が膨大で、整理はされているものの目当ての本を探すのが大変だということで、ほとんどの生徒からはあまり評価がよろしくない場所である。普段なら俺も来ることがないそんな場所に来た理由はごく単純。昨日のあの言葉の意味を調べるためである。


《守り石の巫女》


 そう彼女は言った。昨日のあの後、宿に帰ってから自分の持っている本でその言葉を探してみたのだが、まったく何も知ることができなかった。恐らくは彼女があの場所にいた理由ではないか、と検討をつけているものの、自分の持つ本では何も見つからず。であればここで探してみようというわけだ。


 そう意気込んだものの、どこから手をつけていいのか分からない。まずこの言葉がどんな意味を持つ言葉なのかすら分からなかったし、何と関わっているのかもさっぱり。そんな手がかりがほぼない状況で探すのは困難だ。ならば知っていそうな人に聞いてみようと司書さんを探してみたのだが、あいにく今日は休みらしい。どうにも手詰まり感を味わっていると、後ろから声をかけられた。


「何してるんだ?アウィス」


 その言葉に振り向くと、二人の男がこちらを物珍しそうに覗き込んでいた。


「ちょっと調べたいことがあったんだけどな、どこを探したらいいのかさっぱりでさ」


「調べ物?何か課題でも出たの?」


 この二人は貴族の中でも仲良くしている数少ない友人だ。俺は彼らともう一人を合わせた4人でいつもつるんでおり、この学園の中でも信頼している二人である。そう言って近づいてきた男が、ロイク・クリティス。金髪で飄々とした…いやチャラチャラとした性格で、おちゃらけたムードメーカーだ。未だに俺のことをアウスと間違った発音で読んでいる一人である。


 その後ろからついてきた男はハーザ・ミレニア。メガネ越しに見える青の瞳には知性が宿っている。1番俺らの中で真面目で、それゆえか俺のような存在でも隔たりなく接してくれている。


「アウィスが一人で早足でどこかに向かっているのが見えたのでな。また奴らがちょっかいをかけてきたのかと思ったが、勘違いだったようだな」


「そうそう。アウスはいつも教室で勉強してる時間だったしねー。まあ、よかったんだけど」


「あー、それは迷惑かけたな。今はちょっと私用で探し物してるだけだから」


「探し物?アウスが?」


 そう言うと二人は興味を持ったようだった。なんだ?なにか俺がしたか。誰だって探しものの一つや二つくらいはすると思うのだが。


「お前が私用なんて言うのは珍しいからな。勉強以外に趣味らしい趣味もないお前が」


「うぐ…確かにそうだけどさ…」


「で?何探してんのさ?よかったら手伝うぜ」


 まあ、この二人になら聞いてみてもいいか。二人とも成績は優秀だし、何か知っているかもしれない。あんまり彼女のことを広めたりして迷惑になっても困るので、適当にぼかして、聞きたいことだけ聞ければいいのだか。


「守り石の巫女って聞いたことあるか?二人とも」


「守り石の巫女…?んー、俺はちょっと聞き覚えないかな…。ハーザはどう?」


「…確かこの国の歴史でそれらしき言葉を見た気がするが…。すまん、僕もこの程度だ」


「俺も全く聞いたことなくてさ、興味あったから調べようと思ったんだが…」


 この二人でもほとんど何も知らないか。そうなると、学園の生徒レベルではほとんど情報がないと見ていいだろう。それゆえに逆に彼女の存在に神秘性が増してきて面白いと感じる。まあ、彼女に関係があるかどうかは自分の予想で、実際の所は分からないのだが。


「というか、なんでここで調べてるのさ。知りたいことがあったらピアに聞けばいいじゃん」


「ああ、少なくともピアも知らないのであれば、それだけ探す場所が減って楽になるはずだが?」


「俺の完全な興味だし、他の人の手を煩わせるのはどうかな、と」


「またそんなこと言ってー。ほら行くぞアウス」


 ロイクに強引に腕を掴まれる。ちょ、ちょっと待て。俺の意見は無視か。力では勝てないのでズルズルと引きずられるように引っ張られていくと、後ろからついてきたハーザが口を開いた。


「諦めろ、ロイクがこうなったらもう変えられん。それと…」


「それと?」


「もう少し、お前は僕らを頼ることを覚えたほうがいい」


「そうそう。アウスは一人で抱え込み過ぎなんだって」


 確かに、そうかもしれない。別に貴族だから隔たりを感じている、なんてことではない。彼らは信用しているしかけがえのない友達だとは思っている。だけど、だからこそ、いじめられている俺と一緒にいると、こいつらの評価が下がるんじゃないか、なんてことを考えてしまう。自分に振りかかる分には何も構わないが、こいつらに降りかかるのだけはダメだ。


「何を考えているかはだいたい分かるが…それを承知であえて言わせてもらう」


「ふざけるな、って俺らは言うね。その程度、どちらが重要かなんて比べるまでもないね」


「…ほんとにすまん」


 本当にいい友達を持った。





「それで、何を聞きたいんでしょうか?」


 ところ変わって学内の談話室。中はいくつかの個室に分けられていて、数人単位で集まって話すのにちょうどいいのだ。そして、個室の一角を占領してテーブルを囲んで座るのは四人。俺とハーゼとロイク。それに今はもう一人少女が加わっている。


 ピア・マグナ。それが彼女の名前だ。俺が普段一緒に行動している最後の一人だ。紫髪をロングで伸ばしており、袖の長い服を好んで着ているため、いつも袖から手が見えていなかったりする。


「悪いな、ピア。そっちも用事があっただろうに」


「いえいえ、大したものではないですし、構いませんよ」


「ありがとな。それで、守り石の巫女について調べてるんだが、何か知らないか?」


 性格は一言で表すと本の虫。本を読む速度が異様に速く、そして一度読んだことを忘れないという凄まじい記憶力の持ち主。何か知りたいことがあればピアに聞けば返ってこないものはほとんどないと言っても過言ではないほどに知識を貯め込み、それを惜しげもなく披露してくれる少女だ。


「守り石の巫女ですか…?はい、一通りのことは知ってますが」


「さっすがピア。それで?なんなのさそれは」


「そう、ですね…簡単に言えば、おとぎ話…いえ、伝承に近いものでしょうか」


 フィニもピアと同じように理解が早かったが、フィニとは気が合う感じでピアは理解してもらえると言った感じだ。ピアは誰との話でも理解が早いが、フィニは俺のような考えを持った人間とならスムーズに話が進む、といった感じか。フィニのことを思い出していると、ピアの説明が始まりそうになっていることに気づき、意識を元に戻す。なんにせよ彼女が知っていたならば話は速い。それに、本で読むよりも彼女の説明はわかりやすいというおまけまでついてくる。そして、俺らと同じレベルの成績をきっちり修めているのだから本当にすごい。彼女はいつ勉強しているのだろうか。


「結構古い本にしか書かれていないものなので、現在では異なっている点があるかもしれないということをご了承くださいね」


「ああ、分かってる」


「では、早速。守り石の巫女を説明するには、まず精霊について話さなければなりません」


「精霊というと…太古の人々が交流していた人ならぬ生物…だったか?」


 ハーザが言ったとおり、精霊についてならばある程度は知っている。古い歴史などで幾度か出てくるもので、人間に力を貸したり、災いを呼んだりすると言われている存在だ。ただし、現在では全くをもって発見報告はなく、何か自然現象のことを見間違えたのではないか、というのが現在のおおよその見解である。こんなところか。


「はい。まあ、皆さんでしたら説明するまでもありませんでしたね。一つ付け加えておくと、精霊は現在でも存在していて、見えなくなったのは現在の人々の眼が劣化したからだ。なんていう説もありますね」


「どちらにせよ、そのような存在がいた。と思えばいいのだな?」


「そうですね。そして話は変わりますが、次にこの王都の建立の時の歴史に移りますね」


王都の建立。それは数百年前に行われたと言われている。そこら辺の歴史ならば授業でもやっていたし、一通り俺でも覚えているはずなのだが、守り石の巫女などという言葉が出てきた記憶がない。単に忘れているだけかもしれないが、ほかの2人が知らなかったのだから、俺が忘れているだけというわけではないはずだ。


「当時の王は、様々な理由があってこの場所に王都を建てたわけですが…この地域には住むのに適さない大きな問題点がありました」


「災害だな。津波や強風の被害は昔からかなりひどかったそうだ。今では少しずつ改善されてはいるが」


「それでも、メリットの方がそれらのデメリットよりも上回ったのでしょうね。王はこの地に王都を建設しました」


 それは、時々疑問に思っていたことではあった。もっと内陸側の立地にすれば、これらの被害は抑えられていただろうに。そんな1学生でも単純に考えられるほど簡単な話でもないだろうし、当時の考えというものは詳しく知らない以上どうこういう理由もないのだけれど。いや、今はその話は関係ないか。


「ここからが本題になりますが、その時にですね。王は災害からこの場所を守るために神殿を建てたと言われています」


「神殿というと、神頼みか?」


「ちょっと違いますかね。その時代では精霊がまだ見えていたようでして」


 ここで精霊の話につながるのか。だんだん話が読めてきたが、おとなしく彼女の話を聞く。自分で先読みして理解するよりも、彼女の説明の方がきれいで分かりやすいのは目に見えているからだ。説明口調の彼女の話は段階ごとにきれいにまとまっていて要点をつかみやすい。


「当時の王は、精霊を祀り、彼らの力を借りることで災害を止めようとしていた、と」


「結局、ダメだったみたいだねー、今でも災害は起こり続けているし」


「願掛けの意味もあったとは思いますがね。そして、やっとたどり着きますが」


 一度話を区切って、注目度を上げるのもいつもの彼女がやっていることだ。そして、それが結論の前で行われるということも。つまり、次の言葉で説明は最後だろう。


「その神殿で精霊と交信をしていた者が、守り石の巫女と呼ばれています」


 守り石の巫女。つまりは精霊を見ることができた者か。精霊がどういう存在なのかは分からないが、それらと言葉を交わし、意思の交流ができたもの。


 そこまで聞いて、色々なことが繋がった。


 もし彼女が守り石の巫女なのだとしたら。


 あの建物がなんなのか。


 なぜあんな所にいたのか。


 俺の怪我を直した時に何をしたのか。


 それらを、解決してしまう程度には今までの説明はすべて一致している。


「こんなところですが。知りたいことは得られたでしょうか?」


「助かった。なるほどな…だから」


「だから?そういやアウス、何があったのさ。いきなりこんな事を聞いて」


 そういえば、この3人には彼女を、フィニのことを全く話していなかった。しかし、そう簡単に話していいのだろうか。そう簡単に言いふらすような性格をしていないことは分かっているが、彼女からしてみれば知らない人に自分の情報をばらされているわけだし。初めて話した時も目的については彼女は言及してきた。それは、極力人目にさらされたくはないということなのか、それとも俺の思い違いで別な理由があるのか。


「えっとな…ちょっと知り合いに知ってるか尋ねられてな…」


「ダウト。目が泳いでるし、そもそもその程度ならアウスは知らないって一言で切り捨てるはずでしょ」


 流石にいつも付き合っているだけあってこの3人の目は誤魔化せない。特にロイクは話術に長けていて向かい合っての話し合いで勝てる気がしない。俺も苦しい言い訳しか思いつかないし、かと言ってそれを言っても不審がられるだけで何の解決にもならない。

 

 もうしょうがない。当たり障りの無い程度のことを開示してどうにか切り抜けよう。すまんフィニ。


「昨日、とある人に会ったんだ。それで話をして気が合う奴だったんだけど」


「ふーん。嘘はついてないよー、二人とも。それで?どんな人なのさ」


「悪い。そこはちょっと話せない」


 ここは譲れなかった。友人たちに詰め寄られようとも、彼女自身のことについては話すつもりは無い。せめて、彼女に許可を取ってからでないと、何一つ俺から話すことはない。


「まあ、そのくらいでいいだろう。一応聞くが、お前にとって悪い関係ではないんだな?」


「ああ、それは間違いなく。あいつはそんな存在じゃない。少なくとも、今のところは」


「ならいい」


 ハーゼの質問に嘘偽りなく答えたことで、ほかの二人も満足したのか、これ以上なにか聞き出そうとしてくることはなかった。だけど、その程度で見逃してくれるほど甘くもなかった。


「んじゃ、これは俺の予想にすぎないんだけど」


 そう前置きしたロイクはにやにやと笑みを浮かべてこちらを見ている。目をそらしたくなるが、何を言われるかさっぱり分からないので心構えだけはしていると、


「アウスが会ったっていう人は、同年代の女の子で物静かな子でしょ?」


「な…!?」


 ドンピシャだった。まさか見られていたのかとも一瞬考えたがあの時周りには誰もいなかったし、足元が水だったので誰かが近づいてきたら分かるはずだった。それに彼女はあの建物から一歩も出ていない、陸側から見たら彼女の姿はどうやっても目視できないはずだが…。


「なんだロイク、見てたのか?」


「いやいや、昨日はハーゼと一緒に居たじゃないか」


「だ、だったらなぜ…?」


「その反応だと当たりみたいですね」


 しまった。あまりにも正確に言い当てられたので動揺してしまった。しかし、見ていないならなぜ…?


「ま、簡単な分析なんだけどさ、聞きたい?」


「あ、ああ…教えてくれ…」


「では簡単な答え合わせを。まず初めにその子のアウスの二人称が《あいつ》だった。アウスは目上の人には敬語を使うから、これで同年代か年下ってことになる」


「あ、確かにそうですね」


「続けるよ。で、今度は視線の話なんだけど今日はピアを見たあとに、何度かアウスは考え事をしている。つまり昨日会ったその子とピアを比べているってことだね。だからその子は女の子。男だったら俺らを見たときにも同じ反応をしてるはずだし」


 お、おそるべし観察眼である。そんな細かい仕草まで観察されているとは。見た目に似合わず、こいつは敵に回すと本当に恐ろしい。友人として将来が心配だ。だけど、なぜ最後の物静かってことまで分かった…?流石にそれについては一言も触れてないはずだが。


「最後だけど、これは単にアウスの嗜好の問題だね。昨日僕たちと別れたのが昼過ぎ。そこから今日までは半日もない。その期間で話しあって仲良くなるっていうと、アウスと本当に好みが合う人じゃないと難しい。そして、アウスはひたすら話しかけている人の相手よりも話の合間にできる沈黙を好む性格をしてるでしょ」


「完敗だ。本当にお前の思考回路がどうなっているのか、不思議でしょうがないよ」


趣味嗜好までばっちりおさえられているとは。俺も3人のある程度の好みは分かっているが、ロイクのここまでではない。どうやってその技術を身につけたのか教えて欲しいものだ。


「では、アウィスさんのお相手って、今ロイクさんが言ったような方で正しいのですか?」


「ああそうだよ。言う気は本当になかったんだけどな…」


「ふふふ、ごめんなさいね。では、最後に私もひとついいですか?」


もうここまで知られたら何をされてもいいや、という投げやりな気持ちになる。フィニにはあとで謝らないとな…。不可抗力であったにしろ、いろいろとばれてしまったし。


「その子に許可を取ってからで構わないんで、私にも会わせてもらえませんか?」


「分かった。その程度だったら大丈夫だし、今日聞いてみるよ」


「じゃあ僕も頼む。無理強いはしなくてもいいからな」


「俺も俺もー。アウスが気に入った子とかすごく気になるし」


「分かった分かった。あいつがダメだと言ったらダメだからな!」


 彼女に聞かなくてはいけないことがまた一つ増えてしまった。だけど今日ついてくるとか言わないあたり、皆わきまえてはいる。だからこそ断りにくいのだが。


「それじゃあ、今日はそろそろ」


 そう言って席を立って談話室を後にした。これ以上この場に居ても、絶対にロイクあたりから余計なことを言われそうだったし。次に3人に会うのがいろいろと怖いが。それにしても、守り石の巫女という言葉が彼女とどう関わっているのか。それを聞きに行かなければならない。今日中に彼女に聞きたいこと全てを聞くことはできるのだろうか。


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