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クールビューティー

 進が大人しくなったのを確認した女性は、拾った薬を手で弄びながら口を開く。


「さて、少年。先ずはお礼を言ってもらおうか?」

「お礼……だって?」

「そうだ。明らかに店の人間にマークされているのにも関らず、堂々と盗みを働こうなんて愚かな行為を、わざわざ止めてやったのだからな」

「なん……だって?」


 女性が顎で示した方を偉丈夫の脇越しに見ると、


「あ……」


 白衣を着た店員が二人、棚の影に隠れるようにこちらの様子を伺っていた。

 進と目が合うと、慌てて視線を逸らして棚の影に隠れてしまった。


 前を向くと、女性が「なっ」と言って犬歯をむき出しにして笑う。

 だが、監視されていたとわかっても、進は女性の行動に異を唱える。


「……誰が助けてくれなんて言ったんだ。俺にはそれが必要なんだ」

「必要? こんな病気の進行を遅らせるだけの風邪薬が?」


 製薬会社の人が聞いたら、顔を真っ赤にして怒りそうな事を女性は言ってのける。


「そうだ。それがないと妹は……」

「妹のため、ね。だからといって、盗みが許されるとも?」

「わかってる。でも、妹を助けるためだったら俺はどんな罰だって受ける覚悟がある」

「何だと?」


 進の言葉に、女性が眉を顰める。


「どんな罰も受ける覚悟だって? 少年。君は少々罰というものを侮っていないか?」

「ハッ、たかが万引きだろ? それに俺は未成年だ。例え捕まったって……」

「甘い!」

「あだっ!」


 女性は進の言葉を遮り、額に強烈なデコピンをかました。


「な、何するんだよ!」

「社会を知らないクソガキにはこれくらいじゃぬる過ぎるくらいだ。たかが万引きだと? ふざけるなよ。万引きは立派な犯罪、窃盗罪が適用される。しかも、今は十四歳以上の人間なら、店側が被害届けを出す事が出来るのだぞ」


 女性は進の顎を掴むと、顔を近づけて近距離で睨む。


「わかるか? 被害届けを出すという事は、警察に行って謝っただけじゃ済まされない。裁判沙汰にするという意味だ。それに、店が出した被害届けはデータ管理され、一生消えない爪痕を残す。進学、就職活動と人生の節目で必ずお前の人生の足を引っ張る。一度でも犯罪に手を染めた人間が、のうのうと暮らせるほど法治国家日本は甘くない」


 それに、


「君は一度捕まった時、強引に手を振り解いて逃げようとしたな。それで、相手が怪我をしたらそれはもう窃盗じゃない。強盗だ。そうなったら君は少年院送りになり、君の家族にも影響を及ぼすのだぞ。君はさっき妹の為と言ったが、今、妹を助けられれば、将来その妹が犯罪者の家族として、周りから白い目で見られてもいいというのか?」

「そ、それは……」


 女性の正論にぐうの音も出ず、進は悔しげに下唇を噛む。

 一度の過ちで一生が台無しになる。そこまで考えが至らなかったのは事実だ。

 だが、それでも進には譲れない理由があった。


「例え一生を台無しにしても、ここで俺が薬を持っていけなかったら歩は……歩は……」


 歩は死んでしまうかもしれない。そう口にするのは恐ろしくて出来ないが、その事実が目の前に迫っているのに何も出来ない自分が歯痒くて、悔しくて、


「く……くあ……ああああああああああああああああ!」


 進は人目も憚らず、涙を流した。

 大声で泣き出した進の声に驚いたのか、辺りの人が何事かと注目し始める。


「ね、姉様。なんだか注目されちゃってるわよ。これからどうするの?」

「落ち着け。とりあえず、そこの泣き虫坊やを宥めておけ」


 女性は偉丈夫に命令すると、店内へと引き返す。

 周りの目にも動じた様子も見せず、女性は堂々と店内を闊歩し、レジへと足を運ぶ。

 レジで唖然としている店員に、手に持っていた風邪薬を差し出すと、


「これ、貰えるか?」

「え? あ、はい」


 財布を取り出して、進が盗ろうとした風邪薬を購入した。

 現金を支払い、袋に入った薬とお釣りを受け取った女性は、店員ににこやかに笑いかけると、


「ありがとう。それと、あそこにいる少年。窃盗は成立していないから私が連れて行くけどよろしいかな?」


 進を指差して、事も無げに言い放った。

 店員はどうしたらいいかわからず、困ったように辺りを見渡していたが、


「連れて行くぞ。いいな!」

「は、はい。どうぞ!」


 女性に強く迫られ、反射的に進の解放を承諾してしまった。

 それを聞いて、女性は満足気に頷くと、


「ほら、白鳥。行くぞ。その坊やを連れて早く来るんだ」


 偉丈夫に顎で命令すると、店員に「ありがとう」とにこやかに言って、レジから颯爽と立ち去った。


「もう、姉様。カオル・S・アンビバレント。もしくはカオルちゃんだって言ってるでしょ」


 その後を、進を脇に抱えた偉丈夫が体をくねらせながら駆けて行った。


 進は偉丈夫に抱えられたまま、駐車場に停めてあった一台の車まで運ばれた。

 名前はわからないが、真っ赤なスポーツタイプの車。一見しただけで、この車がとんでもない高級車であると認識できた。

 車の運転席には既に女性が乗っており、助手席の扉を開けて待っていた。

 偉丈夫は進を車の脇に下ろすと、背中を優しく押して車に乗るように指示する。


「え? あの……」


 だが、進はすんなりと助手席に腰を落ち着けられなかった。

 先程は危ない所を助けてもらった。しかし、進はこの二人に面識がないのだ。

 知らない人にはついて行ってはいけない。そんな事は園児でも知っている常識だ。

 何処に連れて行かれるのかもわからないのに、車に乗るのは得策とは思えなかった。


「どうした? 早く乗れ。私は待つのが嫌いなんだ」


 怖気づいたように動かない進に、女性が苛立ちを露わにする。


「で、でも……」

「妹が一刻を争う状況なんだろ? 盗みを働こうとする気概はあるのに、見ず知らずの他人の車に乗るのは怖いのか?」

「あ、歩を助けてくれるんですか?」

「それは無理だ」

「そう……ですか」


 女性の反応から、もしかしてという期待があっただけに、進は落胆の色を隠せない。


 だが、


「君の妹を助けるのは、医者の仕事だ」

「え?」

「私に出来るのは、精々、患者を病院に運ぶ事ぐらいさ」


 進が顔を上げると、口の端を吊り上げ、不適に笑う女性と目が合った。


「そ、それで充分です!!」


 進は深く一礼をすると、助手席に勢いよく乗り込んだ。

 助手席に進が座り、シートベルトを締めると、窓の外の偉丈夫と目が合った。


「あ、あの……あなたは乗らないのですか?」


 すると偉丈夫は、その無骨な見た目からは想像できないような優しげな笑みを浮かべると、優しく進の頭を撫でる。


「うふっ、心配してくれてありがとう。でも、私が乗っちゃったら車内が狭くなっちゃうでしょ? それに……」

「それに?」

「ううん。何でもないわ。それじゃあ、あなたの無事を祈っているわ」


 偉丈夫はウインクをすると、巨体をくねらせながら去っていった。

 去っていく偉丈夫を見ながら、進の中にある疑問が浮かぶ。

 無事を祈るとはどういう意味だろうが? 歩の無事ならともかく、偉丈夫は進を指して無事を祈ると言った。


「よし、じゃあ行くぞ。しっかり捕まってなさい。進君」

「ちょ……」


 ちょっと待って。そう言おうと口を開きかけたが、その口が途中で止まる。

 何故なら、


「うおっ!」


 女性はシフトレバーをいきなり二速に入れたと思ったら、ホイルスピンをするのも構わず、車を急発進させたのだ。

 あっという間にドラッグストアの駐車場の端まで移動した車は、けたたましい音を立てて、滑るように国道へと飛び出した。

 国道へと出た車は、女性の滑らかな操作でギアチェンジし、更に速度を増す。


「ちょ、ちょっと待って。早い、早いよおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 進の泣きそうな叫びを無視して、車はどんどん加速していった。

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