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美女とガチムチ

 声をかけられた進は、思わず身を固くする。


 もしかして、バレたのか?


 進は声に振り返ることなく、自分がこの後どうするべきか考える。

 ここで盗んだ物を差し出し、正直に謝れば許してもらえるだろうか?

 だが、その場合、風邪薬は手に入らず、歩の容体は更に悪くなるだろう。


 そんな事が許容出来るはずがない。


 選ぶべき道なんて最初から一つしかないのだ。

 例え、どれだけの汚名を被ろうとも、進は歩を助ける選択肢を取る。

 大切な妹の為ならば、自分の命だって惜しくない。

 自分の方が相手より出口に近いのだ。無言でいきなり走り出せば、そう簡単には追いつかれないだろう。

 それに、先程の声から相手は女性と思われる。

 もし掴まれたとしても、振り払うのは容易いだろう。


「おい、君。聞いているのか?」


 進が俯いたまま反応を示さないので、不審に思った女性が手を伸ばしてくる気配がした。

 その手が進の肩に触れた途端、


「――っ!!」


 進は足に溜めていた力を一気に解放した。

 床を踏み抜くつもりで蹴り出した進の体は、掴まれた手を突き放し、一気にトップスピードに達する予定だった。


 だが、そこで予想の出来事が起きた。

 進は力一杯駆け出して、相手の手を振り払う……つもりだったが、掴まれた手は肩から離れず、その手を中心にして進の体は九十度ほど回転し、地面に叩きつけられた。

 その衝撃で、進の懐の中に隠してあった薬が、床の上に落ち、甲高い音を響かせる。


「あがっ! かはっ……」


 背中を強打し、肺の中の空気を強制的に吐き出された進は、空気を求めるように喘ぎ、苦しさから地面をのたうち回る。

 そして、地面を転げ回る中で進は、自分を掴んでいた人間と目が合った。

 てっきり女性だと思っていた相手は、全身を筋肉で包まれた二メートルはあろう大柄な禿頭の偉丈夫だった。

 こいつがさっき声をかけてきた人物なのか?

 声との余りのギャップに混乱する進だったが、男の目は全体的にいかつい見た目とは裏腹に、瞳だけがキラキラと光っているかのように綺麗だった。

 それでも早くこの手から逃れて逃げ出さねばと思い必死に暴れるが、丸太のように太い腕は、まるで地面に縫い付けられた杭のようにビクともしなかった。


「やれやれ、こっちが話しかけているのだから、顔ぐらい向けたらどうだ」


 すると、最初に声をかけてきた透き通るような声が聞こえ、進の目の前に落ちた薬瓶を拾う。

 そのまま薬瓶を目で追うと、進を見下ろす女性と目が合った。

 目つきが鋭く、髪をひっつめた、いかにもキャリアウーマンといった美女と言って差し支えない女性だった。

 上下紫のタイトスーツという出で立ちながら余り派手さを感じないのは、女性が余り派手なメイクを施していないからなのか。それとも、紫という非日常的な色に対して、女性が全く見劣りしていないからだろうか。


「白鳥。もう手を放していいぞ。ただし、逃がさないようにな」

「もう、姉様。私の事は、カオル・S・アンビバレント。もしくはカオルちゃんって呼んでって言っているじゃない」


 女性の言葉に、偉丈夫はまるで乙女のように体をくねらせ、進からあっさりと手を離した。

 そして、進を立たせると同時に、逃がすまいと進の肩に両手を置く。

 その際、進の耳元に顔を近づけると、


「もし、逃げようとしたら、今度は大怪我しちゃうかもよ?」


 野太い声で進に忠告すると、フッ、と耳に息を吹きかけてきた。

 目が合うとウインクされ、進は全身に鳥肌が立つのを自覚した。

 今度は別の意味で逃げ出したかったが、がっちりと掴まれた手から逃れるのは困難を極めそうだった。

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