魔が差すとき
進が住んでいる町は、ハッキリ言ってしまえば田舎だった。
夜も九時を過ぎると、開いている店は少なく、娯楽施設も殆どない所為で外出する人もいない。まるで、世界に取り残された気分だ。
進はシャッター街となった商店街を走り抜け、国道沿いにある一軒のドラッグストアへと駆け込んだ。
この店は、全国チェーン展開しているドラッグストアで、夜九時閉店が当たり前の地域においても、他のチェーン店と同じ夜十一時閉店となってる。
薬以外にも生活必需品を多数取り揃えており、軽快な音楽が流れる店内には、夜食を買い求めに来た人や、本を立ち読みして時間を潰している人で、思った以上に混雑していた。
店内に足を踏み入れると、ドラッグストア独特のツンとした匂いが鼻につく。
誰もが笑顔で買い物を満喫している中、血走った目で辺りを睨みつける進の存在は、かなり異質で、進と目が合った客は、次々と逃げるようにその場を去って行く。
その様は、さながら海を割ったモーゼのようだった。
その尋常じゃない様子に、店員たちが警戒するようにアイコンタクトをするが、進はそれに気付いた様子はなかった。
店内をほとんど駆けるような速度で歩き、陳列された棚の中から風邪薬を見つけ出す。
「…………」
辺りを見渡し、人の姿がないのを確認した進は、風邪薬を手にとって素早く懐に入れた。
目的の物を手に入れた進は、周りの目を忍ぶ様に移動して出口を目指す。
だが、その足取りは信じられないくらい重かった。
歩の為とはいえ、盗みを、罪を犯そうというのだ。
鼓動は破裂するのではないかと思うほど早鐘を打ち、足元の床が今にも崩れて、奈落の底に落ちていくのではないかと錯覚するくらい足取りがおぼつかない。さっきまで聞こえていた軽快な音楽は全く耳に入ってこず、視界もぼやけてきた。
更に極度の緊張で吐き気を催し、今にも戻しそうになるのを必死に抑え、進は一歩ずつゆっくりと歩を進めた。
何度も倒れそうになりながらも、どうにか出口まで辿り着き、後は一気に逃げ出す為に、足へ力を溜めようとしたその時、
「そこの少年。ちょっといいか?」
よく通る澄んだ声で進に声をかけてくる者がいた。