焦燥
進の体を心配し「休んでいかないか」と勧めてくれた解体業者の男の誘いを断り、進は崩れ去った我が家を後にした。
行く当てもなく、街をふらふらする体力も残っていないので、とりあえず近所の児童公園へと足を運んだ。
公園は、児童公園と銘打ってあるとおり、幼児向けの遊具がいくつもあったが、手入れされていないのか、どれも錆び付いていたり、破損してもまともに修復されていなかったりと、子供を遊ばすには散々な有様だった。
そんな有様だからか、公園には誰一人としていなかった。
鬱葱と生い茂る雑草を踏み鳴らしながら、進は公園の中心にある穴の空いたドーム状の遊具の中に入る。
中に入ると、生暖かい空気と、苔の臭いが多少は気になるが、思ったよりも広く、進が横になってもまだまだ余裕があった。
上着を脱いで地面に敷き、背負っていたリュックサックを枕代わりにして歩を静かに寝かせる。
歩の様子は見ただけで苦しそうで、額に手を当ててみると、びっくりするくらいに熱く、素人目にも一刻も早い治療が必要なのはわかった。
「でも……どうしたらいいんだ」
歩を病院に連れて行きたいのだが、如何せん今の進にはお金がない。
更に保険証もない。
倒壊した家の中を探せば見つかるかもしれないが、業者の人が許してくれないだろう。
それに、
「クソッ……歩を病院に連れて行かないといけないのに……」
腰を下ろした事で、今まで我慢していた疲労が波のように押し寄せてきた。
信じられないほど重い瞼に逆らう事は出来ず、進は崩れるように眠りに落ちていった。
次に進が目を覚ました時、辺りはすっかり暗くなっていた。
「あっ、痛ぅぅぅ……」
変な姿勢で寝た所為か、体のあちこちから骨の軋むような音が聞こえる。
それと、全身が酷い筋肉痛で、少しでも動くと痛みで顔が歪むほどだった。
「そうだ。歩は?」
体は錆び付いたように動かないが、無理矢理押さえ込んで歩の様子を確認する。
「歩、おいっ、歩、大丈夫か」
「に……ちゃん?」
歩は意識を取り戻していたが、表情が虚ろで、視界が覚束ないのか、伸ばした手を宙空でふらふらとさせている。
進は歩の手をしっかりと握り、歩に力強く呼びかける。
「ここだ。ここにいるぞ。兄ちゃんがわかるか?」
「どこ……兄……ちゃん……見えないよ?」
「何言ってんだ。目の前にいるだろ? わからないのか?」
「なに……兄ちゃん……わからな……ケホッ、ケホッ」
歩は殆ど開いていない目で、進の名前を呼び続ける。
進がいくらそれに応えても、碌に会話にもならない。
歩は一体どうしてしまったんだ。
額はもうお湯が沸かせるのではと思うほど熱く、体中から汗をかいている。空気を求めて呼吸を繰り返すが、力が入らない所為か浅い呼吸しか行えず、一度息を吐く度に、まるで歩の寿命が削れていくように感じた。
歩が原因不明の症状で苦しみ続けている姿に、進は気が気でなくなってくる。
今すぐにどうにかしなければ……。
「待っていろ歩、兄ちゃんが絶対に助けてやるからな!」
進は血が滲むほど唇を噛み締めると、夜の町へと駆け出した。