事の顛末
「……まさか、昨日の今日で退院するとは思ってませんでした」
「そう言うな。このベッドを今にも使いたいという患者が後に支えているんだ。元気な人間はとっとと立ち去るべきだ」
「それは、そうですけど……」
何発もの銃弾の雨に晒された進だったが、足の方は幸いな事に骨や重大な血管、神経等も傷付いておらず、弾も貫通していたのでそれほど大掛かりな治療は要らなかった。肋骨の何本かにはヒビが入ったものの、日頃から体を鍛えていたお陰か、入院するまでもないだろうという診断結果が出た。
そうと決まれば、今すぐに出て行けといわんばかりに看護士が部屋に現れ、進をベッドから追い出すと、汚れた布団を持って出て行ってしまった。
立ち上がって体を軽く動かしてみると、体に巻かれたギプスの所為で少し動きはぎこちないが、痛みは感じない。
「まあ、これならなんとかなるか」
これといった荷物もなく、服は病院から支給されたパジャマを着たまま帰っていいというので、進は慣れない松葉杖を突きながら歩き始める。
その後を、優貴が腕を組んだまま優雅な足取りで続く。
決して手助けはしないが、何かあればすぐにでも助けてくれるであろう頼もしい存在に、進は不安定ながらも確かな足取りで出口へと向かった。
いつもと違い、ゆったりとした速度で国道を走るスポーツカーの車内で、進は優貴から昨日の事の顛末について聞いていた。
クオリアの光の教団関係者、特に幹部クラスの人間と、実行犯と呼ばれる教団の暗部に直接関っていた人間は、身柄を警察ではなく、とある組織へと託したというのだ。
「そこで死んだ方がマシだと言う目に遭わされるのですか?」
進が恐る恐るという風に尋ねると、優貴は声を上げて笑い出した。
「な、何がそんなに可笑しいのですか!?」
「悪い、悪い。進君が余りにも可愛らしい表情でこちらを見るからつい、な」
「な、ななっ!?」
例えからかわれているとわかっていても、突然の言葉に、進は百面相をせずにはいられなかった。
そんな進の反応を見て、優貴は益々声を上げて笑う。
「君は本当に面白いな。安心しろ、死んだ方がマシと言っても、連中からしてみたら、という意味だ」
「え?」
「あそこまで落ちた人間は、法で裁いたところで、同じ事を繰り返すのは火を見るよりも明らかだからな。奴等は、更生施設でまともな人間になれるまで、世界中で永遠に奉仕活動をする日々を送ってもらうというわけだ」
「そ、それじゃあ、やり直そうと思えばやり直せるんですね」
「そうだな。そこは本人のやる気次第だな」
「よかった……」
優貴の言葉を聞いて、進は胸を撫で下ろす。
その話が真実ならば、合田にもまだ人生をやり直すチャンスがあるというわけだ。
歪んではいたが、あれだけ一途に舞夏の事を思っていたのだ。
それだけの熱意があれば、彼がその施設から出てくるのはそう遠い日ではないだろう。
合田に希望が残されていると知って喜ぶ進を見て、優貴は一瞬悲しげに目を伏せる。
「まぁ、大抵の奴は、逃げようとして粛清されるんだがな。それに、奴はもう……」
「え? 何か言いました?」
「いや、何でもない」
優貴はかぶりを振って表情を引き締めると、片手をハンドルから離して進の頭に乗せ、優しく撫で回す。
「君は本当に優しいな。こう言うと君は嫌がるかもしれないが、そういうところ、本当に勇輝さんにそっくり……いや、それ以上だな」
「そんな、俺なんて親父に比べたら……」
「そう謙遜するな。君の仲間、家族へ対する思いと行動力、そして憎むべき相手すら思いやる事が出来る優しさは素晴らしい。私は君を心から誇りに思うよ」
「あ、ありがとうございます」
尊敬する優貴の心からの賛辞に、進は頬が赤くなるのを自覚する。
その言葉だけで、進のこれまでの苦労が全て報われたような気がした。
「フフッ、そんな君だから男嫌いの舞夏も惹かれているのかもな」
「ま、舞夏さんがですか? いやいや、そんなまさか……」
「そうでもないぞ。今日も君が帰ってくると知って、今度こそ手料理を食べさせるとか言って、はりきっていたしな」
「手料理!? 舞夏さんがですか?」
舞夏は過去のトラウマで火を扱うどころか、見る事も難しいはずだ。
そんな彼女が料理を作ってくれる日が来るなんて、想像出来ただろうか? いや、出来ない。
何故なら、これまでの生活で、舞夏が料理をしているところを見た事がないからだ。
となると、進の中に一つの疑問が浮かび上がる。
「あの……舞夏さんって料理出来たんですか?」
「さあな。私が知る限り、舞夏が料理をしたという事実はないな」
どうやら優貴も、舞夏が料理をしている所を見たことはないらしい。
その話を聞くと、進の中に生まれた不安が一気に膨れ上がる。
「だ、大丈夫……ですよね?」
進が迷子の子犬様な視線で優貴に助けを求めると、優貴は大きく頷く。
「ああ、大丈夫だ」
「ですよね?」
「ああ、私がその料理を食べる事はないからな」
「…………ですよね~」
優貴に大人しく覚悟を決めるんだなと肩を叩かれ、進はがっくりと項垂れるしかなかった。




