家族の為に
「もうやめろ! 舞夏さんを離せ」
横暴な合田の態度に、見るに耐えかねた進が痛みに耐えながら抗議の声を上げる。
「もう間もなく、俺の仲間がここまでやって来る。そうなれば、お前も、この教団も終わりだ!」
耳を澄ませば、遠くから野太い男の悲鳴がそこかしこから聞こえる。
おそらく、優貴たちがかなり攻勢に出ているのだろう。
仲間がこの部屋に辿り着くのは時間の問題だと思えた。
「フン、それがどうした」
しかし、合田は全く意に介さない。
「どうせこの失敗が原因で僕は信用を失い、仕事もクビになるんだ。なら、せめてここの教祖が溜め込んでいる金と、商品になるはずだった舞夏ちゃんを手に入れてここから逃げ出すだけさ」
「……俺たちがお前をみすみす逃がすと思うか?」
「逃げてみせるさ。こ、こっちには人質がいるんだ」
そう言うと、合田は舞夏のこめかみにに再び銃口を押し当てる。
「僕に何かあったら、その時は舞夏ちゃんを巻き添えにして、し、死んでやる!」
「クッ……」
血走ったその目は、合田が本気で舞夏を殺すつもりであるという事を示しており、進はこれ以上合田に話しかけることは出来なかった。
しかし、ここで合田を見逃せば、舞夏がここで死ぬより悲惨な目に遭うのは火を見るより明らかである。何とかして舞夏を助け出さなければと思う進だったが、合田の指は常に引き金にかかっており、下手に彼を刺激するのは得策とは言えなかった。
ならば、自分に出来るのは優貴達が来る時間を稼ぐ事、そう心に決める進だったが、
「お姉ちゃんを、放せえええええええええぇぇぇぇ!!」
突然、小さな影が合田に向かって突進していった。
「あ、歩!?」
いつの間に目を覚ましたのか、歩が両手をぐるぐる回して、精一杯の力を込めて合田に殴りかかる。
しかし、所詮は小さな子供、しかも女の子の力だ。
「邪魔だ!」
「キャッ!」
合田はゴミを振り払うように歩を突き飛ばす。
「ぼ、僕の邪魔をする奴はこ、ここ、殺してやる!」
更に、合田は倒れた歩へ向けて銃口を向ける。
「歩いいいいいいいいいいいいいいい!」
合田のその行動に、進は反射的に動いた。
右太ももに穴が開いている事も忘れ、本能のままに駆ける。
「なっ!?」
進の行動に虚を疲れた合田は、銃口を慌てて進へ向ける。
「ダメエエェェェェッ!!」
すると、それまでおとなしくしていた舞夏が合田へ向かって体当たりをする。
「歩ちゃん!」
不意打ちに成功し、束縛から解放された舞夏は、倒れた歩を庇うように覆いかぶさる。
「舞夏ちゃん、そこをどくんだ!」
「いやっ、絶対にどかない!」
「今すぐにどかないと君も一緒に撃つぞ!」
「撃つなら撃ちなさいよ! あなたなんかに、歩ちゃんは絶対に殺させないから!」
「ま、舞夏ちゃん」
涙目で必死になって叫ぶ舞夏に、合田は悔しげに歯噛みする。
そして、合田のその逡巡が決定的だった。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
「しまっ!?」
気がつけば、右拳を振りかぶった進が目の前に居た。
「合田あああああああああああああああああああああああああああああ!!」
進の渾身の右ストレートが合田の左頬を捉える。
まともに殴られた合田は、吹っ飛び、堪らず尻餅をつく。
「ぐはっ!?」
「もう一発!」
倒しはしたが、合田はまだ銃を手にしている。危機を脱していないと察した進は、追い討ちをかけるべく合田へと詰め寄る。
だが、
「クソがっ、舐めるな!」
合田は銃を握り直すと、突進してくる進へ銃口を向ける。
「死ねえええええええええええええ!!」
次の瞬間、パンという乾いた音が室内に響く。
「進っ!」
「兄ちゃん!」
銃弾が進の体に吸い込まれるのを見た舞夏と歩が、悲痛な叫び声を上げる。
しかも、発砲音は一発では止まらず、二発三発と立て続けに進へと鉛弾が撃ち込まれた。
「ひゃははははは、死ね! 死ね!」
合田は甲高く笑いながら尚も銃弾を打ち込み、弾が尽きてスライドが完全に降りても引き金を引き続けていた。
「ああ、進……そんな……」
「兄ちゃん、兄ちゃん……」
絶望的な状況に、舞夏と歩は身を寄せ合うようにして泣いていた。
五発以上の弾を体に受けた進は、まるで舞夏と歩を守るかのように、合田の前で仁王立ちのままピクリとも動かない。
「ククク、ガキが粋がるから早死にするんだよ」
合田は弾のなくなった拳銃を投げ捨てると、悠然と立ち上がり、首を巡らせ、舞夏の方を向いてニタリと口角を限界まで上げて笑った。
手を差し出し、合田が舞夏に向かって歩き出す。
「さあ、舞夏ちゃん。誰かがやってくる前に僕と一緒に行こうか?」
「……いや、行くなら一人で勝手に行けよ」
「何!?」
突然響いた声に、合田が振り向くと同時に、派手な音を立てて吹き飛ばされる。
「ぐっ!? な、何故だ。何故お前が生きている!?」
殴られた頬を押さえながら、合田は信じられないものを見るように目を見開いた。
そこには、口から一筋の血を流しながらも、右拳を振りかぶって今にも合田に殴りかかろうとしている進がいた。
「何故、俺が生きているって? そんなの、決まっているだろ?」
「がはっ……」
天を貫くように突き出されたアッパーカットによって、合田の体が宙に浮く。
更に進は大きく体を捻ると、右足を振り上げる。
その瞬間、撃たれた右太ももから血が噴出し、進の顔が痛みで歪むが、それでも進は止まらない。
この男は舞夏を傷付け、更には歩を殺そうとしたんだ。
こんな痛み、舞夏や歩が受けた痛みに比べればなんて事はなかった。
二人を傷つけた合田を倒す。進の思考回路はただ、その一点に絞られていた。
「俺には、守るべき大切な家族がいるからだあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
魂の咆哮と共に、進は体重を充分に乗せた回し蹴りを合田へと叩き込んだ。
「が……あっがっ……がはっ!」
進の蹴りをまともに喰らった合田は、床に何度も体を打ちつけながら転がる。
三メートルも吹き飛ばされてようやく止まった合田の意識は、完全に飛んでいた。




