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人財ブローカー

 武器を手に泰然と佇む優貴に、進は咥内に溜まっていた唾を呑み込んで質問する。


「これは、一体何事ですか?」

「これか? これは、我々のもう一つの仕事だよ」

「もう一つの……仕事」


 そう言われても、進は何の事か全く理解出来なかった。

 まるで何処かに襲撃に出かけるような仕事なんて、聞いた事が無い。

 そんな進の心情を全く意に介した様子もなく、優貴は話を続ける。


「私の会社の業務内容は知っているな?」

「え? あ、はい。掃除をする会社……ですよね?」

「そうだ。だが、私たちが掃除をするのは何もただの汚れに限った事じゃない」


 優貴は不適に笑うと、両手を広げて声高々に宣言する。


「私たちはな、社会の汚れとも言うべきクズも掃除する、言わば正義の味方なんだよ」

「…………は?」


 突然の言葉に、進は相手を敬う事も忘れて素で返してしまった。

 それだけ優貴の言葉は衝撃的だった。

 正義の味方。その言葉は小さな子供、特に男の子からしたら、誰でも一度は夢見、憧れた事があるであろう存在。

 しかし、進にとっては、悪夢しか思い出せない忌むべき存在でもあった。

 優貴は、自分がその正義の味方であると堂々と告げた。


「そんな……親父じゃあるまいし……」

「そうだ。私は勇輝さんに憧れて正義の味方になった」


 進の疑問を、優貴は笑顔で肯定した。


「勇輝さんは孤児院に入る前、実の両親によって、人に言うのは憚れるような数々の虐待を受けたみたいでね」

「え?」


 優貴の言葉を、進は思わず聞き返していた。

 進の父親が孤児院の出だというのは知っていたが、それ以上の詳しい話は、今まで聞いた事が無かった。知りたいと思わなかったというのもあるが、優貴の言葉に、進は少なからずの衝撃を受けた。


「そんな……親父はそんな素振りは全く……」

「それはそうだろう。勇輝さんは自分と同じ目に遭う子供を失くす為、子供たちの笑顔を守る為に正義の味方になる事を選んだんだ。それなのに、息子である進君に自分の辛い過去を話して、その笑顔を失くすような真似するわけないだろう?」

「そうですけど……それなら何故、俺を正義の味方にしてやるなんて言って、富士の樹海に置き去りにしたりするんですか?」


 唇を尖らせ、ふてくされたように進が吐き捨てるのを見て、優貴は口に手を当てて噴きだす。


「そういや、そんな話を聞いた事があったな。あれから息子がいくら話しかけてもまともに受け合ってくれないって、勇輝さんに泣きつかれたのを覚えているよ」

「……笑い事じゃないですよ」

「ククッ、すまないな。これも全て、進君を強い男に育てようという勇輝さんの気持ちの表れだと思って許してやってくれ。それに、少しは役に立った事もあるだろう?」

「それは……そうですけど」


 確かに、父親の無茶な特訓のお陰で、山奥の妖しい宗教団体から逃げ果せたり、慣れない仕事場での力仕事なんかもどうにかやっていけたりしている。

 しかし、だからといってあの時受けた寂しさや、恐怖は忘れることは出来ない。

 いくら優貴の頼みでも、全てを許すのはまだまだ時間がかかりそうだった。

 それより今は、優先すべき案件を抱えているのだ。


「親父の事はこれから考えます。それより今は歩たちの行方を教えて下さい」


 優貴たちがここで何をしているのかは不明だが、ここに来た本来の目的は、二人の行方を聞く為だ。


「そういえば、そうだったな」


 本来の目的を思い出したのか、優貴はゆっくりと深呼吸をして顔を引き締めると、進に向き直って衝撃に事実を告げる。


「舞夏と歩ちゃんの二人だが、二人は今、とある場所に監禁されている」

「ええっ!? 監禁って……二人は大丈夫なのですか?」

「安心しろ。犯人の目星はついている。犯人の名前を聞けば、君も納得するはずだ」


 その言葉に、進は息を飲んで優貴の次の言葉を待つ。


「二人を攫った犯人だが、名前は合田大樹。君には過去に舞夏と共に暮らしていた母親の男、と言ったほうがわかりやすいかな?」

「あ……はい」


 名前までは聞いていなかったが、舞夏がその男に対して危機感を持っていたのは覚えている。

 つまり、舞夏の悪い予感が、不幸にも当たってしまったというわけだ。


「犯人はわかりましたけど、どうして舞夏さんだけじゃなく、歩まで攫う必要があったのですか?」

「それについては、胸くそ悪くなる話なんだがな……」


 優貴は顔をしかめ、怒りを紛らわすように自分の髪を掻き毟る。


「あの男は、人材ブローカーという職に就いていてな。クライアントの依頼をこなす為に舞夏と歩ちゃんの二人を攫ったんだ」

「人材ブローカー……ですか?」


 聞いたことない職名に、進は首を傾げる。


「ああ、早い話が人身売買を生業とする奴隷商人だ。クライアントが希望する人間、突然いなくなっても警察沙汰にならないような人間を拉致して奴隷に仕立てる仕事だ」

「は? ハハハ。なんですか。それ……」


 余りにも突拍子もない話の内容に、進は乾いた笑いを上げる。


「いくらなんでもそんな話があるわけないじゃないですか……ここは世界で一番治安の良い国と言われている日本ですよ?」

「…………」


 だが優貴は、進の希望を打ち砕くかのようにゆっくりとかぶりを振る。


「あるんだよ。世界一安全な国と言われている日本にも、普通に暮らしているだけでは絶対に垣間見る事の無い闇ってやつがね」

「そ、そんな……じゃあ、本当に……」


 優貴の態度から、進はようやくこの話が、決して伊達や酔狂ではないと理解した。

 それを知ってしまった以上、進は居ても立っても居られなくなる。


「優貴さん。早く! 早く二人を助けに行かないと!」

「慌てるな。二人の居場所は既に掴んでいると言っただろう」

「あだっ!?」


 優貴は慌てて右往左往している進の頭に、チョップを振り下ろして黙らせる。


「それに今回の事件、君も全く無関係、というわけでもないしな」

「えっ?」

「今回、合田に依頼を出したのは、クオリアの光という名前の新興宗教団体だ。二人は今、この宗教団体が管理している道場の一つに監禁されている」

「クオリアの光って、あの……」


 その言葉を口にした途端、進の脳裏に苦い思い出が甦る。

 全てを失ったあの日、父親から送られてきたメールに従って訪れた場所が、クオリアの光が所持する道場だった。


「そうだ。連中、名目上は宗教団体を名乗ってはいるが、その実はとんでもない集団だよ。自分の欲望を満たしたい輩を金で集め、次々と人を攫っては供物と称して襲う。更にはその様子をビデオに録画し、それを販売して活動資金を得るという方法で大きくなった極悪集団だ」

「そう……だったんですか」


 山奥の道場を訪ねた時、咄嗟の判断で逃げ出したからよかったが、もしあのまま連中の言うとおりにしていたらと思うとゾッとする。


「じゃ、じゃあ親父があの場所を俺にメールで送ってきたのは……」

「おそらく、私が勇輝さんに送った添付ファイルを、間違って君に送ってしまったのだろう。どうしてそうなったのかは、不明だがな」

「それについては……考えないでおきます」

「そうだな。それが賢明だろう」


 進同様、優貴もこれには呆れるしかないようだった。


「姉様。準備が整ったわよ」


 すると、進達の話が終わるのを見計らったかのように白鳥から声が掛かる。


「そうか。それでは進君、行こうか」


 優貴は白鳥に頷くと、進に手を伸ばす。


「はい、二人を助けに、ですね」

「うむ。それと、悪を殲滅しに、だな」


 進は優貴の手を取ると、大きく頷いた。

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