閑話休題
「そういう事があったから、あたしは火を扱うのは勿論出来ないし、火を見るとパニックになったりするの」
頭を垂れ下げたまま、舞夏が自分の過去の話を苦しげに吐露した。
「そう……だったんだ」
思っていたより重い話に、進は上手く言葉が出てこなかった。
それどころか、自分はとんでもない事を彼女にしてしまったのではないか、という後悔の念が頭の中を埋め尽くす。
「そんな顔しないでよ。進に悪気がなかったのは知ってるから」
余程酷い顔をしていたのか、進の顔を見た舞夏が溜まらず噴き出す。
「でも……」
「でもじゃないの。火はダメでも、この話はあたしの中である程度気持ちの整理はついているの。だから、あなたがそんなに気にする必要はないわ」
そう言うと、舞夏はここに来て初めて破顔した。
だが、進は見逃さなかった。
舞夏が笑う直前、その顔に一瞬だが陰りの表情が浮かんだのを。
顔は笑ってはいるが、今にも泣き出してしまいそうだった。その証拠に、ブランコの鎖を掴んでいる彼女の手は震えているし、膝だって笑っている。
大丈夫と言っても、舞夏が嘘を吐いているのは明白だった。
それはそうだ。わざとではなかったとはいえ、人を、家族を殺してしまったのだ。
たった数年で、心の整理なんて出来るはずが無い。
恐らく舞夏は、今でも自分を責め続けているはずだ。
それでも気丈に振る舞う彼女を見て、進は胸が締め付けられる思いがした。
「あ、えっと……その……こんな事しか言えないけど、ゴメン」
「だから止めてって。こっちこそ楽しい雰囲気壊しちゃってゴメンね」
二人は互いに謝りながら、同時に頭を下げる。
すると、距離が近かった所為か、互いの頭がぶつかってしまった。
「あだっ!」「いった~い!」
頭を擦りながら互いに顔を上げる。
その時互いの目に映った顔が面白かったのか、
「ハハハ……」
「フフ……」
二人は同時に噴き出した。
互いの間に流れていた嫌な空気を追い払うように、二人は笑い続ける。
しかし、余り大きな声を出すと近所迷惑になるからと、声を抑えながら笑った。
そうして気が済むまで笑い合うと、さっきまでの気まずい空気は一掃されていた。
舞夏も少しは落ち着いたのか、今は体の震えも止まっていた。
しかし、舞夏の表情とは裏腹に、進の内心は穏やかではなかった。
舞夏の話を聞いて、新たな疑問が浮かんできたからだ。
舞夏の母親は、彼女がここにいる事をどう思っているのだろうか?
夫と息子が死に、残った一人娘が家出して、残された母親は大丈夫なのだろうか?
何かしらの理由があるのだろうが、それを今の彼女に聞いてもいいのだろうか?
色々聞きたいことはあったが、進はグッ、と耐えることにした。
「……はあ」
すると、舞夏が突然盛大に溜め息をついた。
「進ってすぐに顔に出るわよね」
「な、何が?」
「あたしに何か聞きたいって顔に書いてあるわよ」
「うっ、それは……」
舞夏に図星を指され、進は息を飲んだ。
「いいわ。何を聞きたいのか話しなさい」
「でも……」
「このあたしが良いって言ってるのよ。早く話しなさい!」
「あ、はい。わかりました」
舞夏の恫喝に、進は反射的に背筋を伸ばした。
ついさっきも、歩相手に同じ反応をしたような……と思う進だったが、このまま黙っているとまた怒鳴られそうなので、慌てて口を開く。
「その……聞きたいというのは、舞夏さんの家出した理由なんだ」
「あたしの、家出の理由?」
「さっきの話を聞いた限りだと、家にお母さんがいるんじゃないの? 何があったのかわからないけど、お母さんを置いて家出するのはよくないと思うんだ」
「ああ、その心配ならないわ」
「え?」
「だって、あたしのお母さん、もう死んじゃってるから」
「――っ!」
舞夏の衝撃の告白に、進は頭をハンマーで殴られたような衝撃を受けた。
彼女のトラウマを刺激した挙句、今度は考えなしに彼女に立ち入った質問をし、またしても彼女の繊細な部分に土足で上がり込み、汚してしまった。
進は己の思慮の足りなさを呪いながら、その場に跪く。
「ゴメン、俺ってば本当に配慮が足りなさ過ぎた」
「もう、そういうの止めてって言ってるでしょ!」
舞夏は呆れたように嘆息すると、蹲った進の腕を掴んで無理矢理立たせる。
「いいのよ。昔の話をした時から、あたしは進にお母さんの話をすると決めていたの。それであたしがどれだけ泣きそうになっても、あなたが気に病む必要なんかないわ」
それに、
「進にはあたしの家出の理由を知っていて欲しいの。ひょっとしたらこれから先、進にもその所為で迷惑をかけるかもしれないから」
「迷惑? 家出の理由が?」
「そ。それを知ってるのと知らないのじゃ、色々と対応が変わってくるでしょ」
「う……わ、わかったよ」
もしかしてやぶ蛇だったかな。と思う進だったが、観念して舞夏の言葉に耳を傾ける事にした。




