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消せない記憶

 滝川舞夏は、郊外の一軒家に住む優しい両親と、歳が三つ離れた弟のごく普通の家庭で生まれ育った。

 決して裕福とは言えなかったが、愛に満ちた、笑顔の絶えない幸せな家庭だった。

 優しい両親のお陰で自由奔放に伸び伸びと育った舞夏は、何にでも興味を持ち、何にでも挑戦した。ピアノに習字といった定番の習い事は勿論、ガールスカウトや男子に混じってのリトルリーグへの参加と、精力的に様々な活動に参加した。


 そんな周りの女の子より活動的だった舞夏は、弟の五歳の誕生日にある事件を起こす。


「え~、お父さん。仕事で遅くなるの?」


 その日は父親が仕事の都合で帰るのが遅く、せっかくのパーティーなのにご飯が冷めてしまうと、舞夏はご機嫌斜めだった。

 気を紛らわす為、弟と一緒に広告の裏に絵を描いて時間を潰していたが、それも当に限界が来ていた。

 部屋中に散らばった広告。その全てに何らかしらの絵が描かれていた。

 描いても描いても、ちっとも終わらないお絵描きに、舞夏も弟も飽き飽きしていた。

 そんな時、突然の降り出した雨に、母親が父親の迎えに行く事になった。

 舞夏も一緒に行くと言ったが、予想以上に強く、叩きつける様な雨風に、母親はすぐに戻るから待っていなさいと舞夏を諭して外へと出て行った。

 駅までは徒歩十分。雨である事を考慮しても、二十分ちょっと舞夏は弟と大人しくしていればよかった。


 だが、当時の舞夏はそれが出来なかった。


 これからパーティーが始まるのに、主賓である弟が今にも眠ってしまいそうなのを見た舞夏は、弟を起こそうと、冷蔵庫から母親が作った大きなケーキを取り出した。

 弟の歳の数でもある五本のロウソクをケーキに刺し、今にも夢の世界に旅立ちそうな弟の眼前に置く。

 だが、それだけでは弟の意識が覚醒することはなかった。

 舞夏が叩き、肩を揺さぶっても、父親を待つのに疲れ果てていた弟は、舟を漕ぐのを辞めようとはしなかった。

 弟が寝てしまったら、誕生パーティー自体がなくなってしまう。

 そう考え、焦った舞夏は、とっておきの手段に打って出た。

 それは誕生日パーティーのメインイベントとも言える、火が点いたロウソクを吹き消すあのイベントを行おうとした。

 火の点いたケーキを見れば、弟は絶対に目を覚ます。

 何故なら、あれは魔法だから。

 ロウソクの火を吹き消す役割を与えられた子を、一時の主人公に変える不思議な魔法。ケーキにロウソクの火が灯るだけで、寝ている人は目を覚まし、怒っていた人は笑顔に変わる。

 そんな魔法の力を借りて、舞夏は弟を起こそうと思った。

 日頃、母親から火は危ないから自分がいない時は絶対に使わないように、と厳命されていたが、この時の舞夏は母親との約束より自分の欲望を優先した。

 それに、この前ガールスカウトで焚き火を使った飯盒炊爨を体験し、火の扱い方を充分に学んだ今の自分なら、少しぐらいなら扱っても平気だろうという自信もあった。

 舞夏は台所からマッチを持ってくると、ガールスカウトで習ったとおり、マッチ棒の先端を箱の横に付いた側薬に擦り付ける。

 しかし、擦り付け方が足りなかったのか、マッチに火は点かない。

 力が足りないかと思い、一回目より強く擦ってみたが、それでも火は点かない。


 おかしい。

 こんなはずじゃない。


 舞夏は半ば自棄になって力いっぱいマッチを擦りつけた。

 そして、何度目かのチャレンジでようやく火を点けることに成功する。


「あ……」


 しかし、力一杯擦ったのがいけなかったのか、火が点いたマッチ棒が途中で折れ、手から滑り落ちるように宙に舞った。

 マッチ棒は弧を描くと、その身を炎で削りながらも、燃え尽きることなく地面に落ちた。

 普通、火の点いたマッチ程度の火力では、絨毯の上に落としたとしても、そう簡単には燃え広がらない。

 だが、この時、絨毯の上には可燃性の物が溢れていた。

 そう。舞夏と弟が時間潰しの為に描いた大量の広告が……

 マッチは一枚の広告の上に落ちると、あっという間にその火を広げる。

 指先程度のサイズだった火はみるみる大きくなり、炎となったそれは、その身を増大させろと謂わんばかりに、貪欲に、手当たり次第に身近にあった物を包み込んでいく。


「あ……ああ」


 室内の温度が上がり、炎で肌が焼かれる感覚に、舞夏は恐怖を覚える。

 一刻も早く逃げなければと思った舞夏は、弟を担ごうとする。

 しかし、八歳の舞夏にとって、五歳の、しかも眠っている弟を担いで外に出るのは至難の業だった。

 舞夏の家は一階部分を駐車場として使い、居住スペースは二回部分にあった為、外に出るには下に下りる必要があった。

 外まで弟を連れて行くのは無理だと判断した舞夏は、どうにか弟を安全と思われる隣の移動まで引き摺り、自分は助けを求める為に外へと飛び出した。


 外は相変わらずの豪雨で、近くに人の姿は見えず、舞夏が必死に叫んでもその叫び声は豪雨によって掻き消されてしまう。

 それでも必死に走った甲斐があり、帰宅途中の両親と合流出来た。

 舞夏は泣きながら両親に説明し、それを聞いた両親が血相を変えて自宅へと戻る。

 自宅に戻った舞夏の目に映ったのは、暗闇の中、豪雨にも負けず赤々と燃えながら黒々とした煙を吐き続ける変わり果てた自宅の姿だった。

 弟が中に取り残されている事を聞いた父親は、舞夏に部屋の場所を聞くと、勇猛果敢に炎の中に飛び込んでいった。

 だが、父親が弟を連れて出てくることは無かった。

 父親が家に入って程なくして、舞夏の家は炎に食い尽くされ、屋根から崩れ落ちてしまったからだ。


「パパー、パパーーーーーーーーーーーーー!!」


 母親の腕の中で、舞夏の悲痛な叫び声が夜空に響くと同時に、近所の誰かが呼んだのか、遅すぎる消防車の到着を知らせるサイレンの音が遠くから聞こえてきた。

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