異変
「はあ、お腹いっぱいだわ……」
食後、舞夏は過度の食事で主張し始めたお腹を擦りながら、大きく息を吐いた。
「ごちそうさま。とても美味しかったわ」
「お粗末様。でも、実は今日はこれだけじゃないんだ」
「まさか……まだあるの?」
「そのまさか、さ。実は……」
「大きなケーキがあるんだよ。イチゴが沢山乗ったやつ」
進が言うより先に、歩が身振り手振りを加えながら得意げに話す。
ケーキと聞いて、舞夏は嬉しそうに身を乗り出す。
「えっ、本当!? それなら話は別よ。ぜひ、いただくわ!」
「了解。じゃあちょっと準備するから待ってて」
進は手早く全員の食器をまとめると、席を立つ。
ケーキを取るついでに人数分の紅茶を入れ、お盆にセッティングして居間へと戻る。
居間へ戻ると、もう待ちきれないといった感じで、両頬を膨らませた歩が待っていた。
「兄ちゃん、おそーい」
「悪い、悪い。ちょっとお茶を淹れてたんだ」
進は謝りながら、手早くそれぞれの席へソーサーに乗ったカップを置いていく。
その間にも、舞夏と歩の視線は、ケーキの入った箱に釘付けになっていた。
これ以上お預けをしたら、何をされるかわからない。
二人からの視線に、危機感を感じた進はいそいそとケーキを取り出す。
「「「お~!!」」」
箱の中からケーキが姿を現すと、三人の感嘆の声が重なった。
純白の生クリームで囲まれた巨大なホールケーキに、それを覆い隠すように散りばめられた溢れんばかりの苺。アクセントとして置かれたチョコレートのプレートには、ハッピーバースデーとホワイトチョコレートで書かれていた。
「え? 今日って歩ちゃんの誕生日なの?」
「違うよ。歩の誕生日はもっと先だよ」
「……ということは?」
舞夏に目で質問され、進は苦笑しながら首を振る。
「違うよ。これはショーケースの中にあった時から付いてたんだ」
店側の誕生日を告知するケーキを、そのまま買ってきたのだから仕方ない。
その代わり、と言ってはなんだが、箱の中に誕生日定番のある物が付属されていた。
進はカラフルなロウソクを取り出すと、にんまりと笑う。
「誕生日じゃないけど、せっかくだから気分だけでも味合わないか?」
「やった~!」
歩が元気よく手を上げ、喜びを表すように机を叩いてはしゃぐ。
「え? それは……やめない?」
すると、楽しい雰囲気に水を差すのを躊躇うような舞夏の声が響く。
「別に誰かの誕生日ってわけじゃないんでしょ? だったら無理して火なんか点けなくてもいいじゃない」
「そうだけど……でも、こういうのって、やるだけで楽しい気持ちにならない?」
「あたしは……別に。それに、ケーキに穴が開いちゃうじゃない」
進と歩の気持ちとは対照的に、舞夏はどうも乗り気ではないようだった。
誕生日でもないのにわざわざロウソクを使うのは、ケーキに余計な穴が開くし、部屋の空気も汚れるので全くの無意味かもしれない。
だが、それでもこういうものは雰囲気を楽しむものだ。
無意味とわかった上であえてやる。
進としては、舞夏の意見も尊重してやりたいが、今日は歩の退院祝いなのだ。
「ねえ、兄ちゃん。まだ~?」
それに、歩の我慢がそろそろ限界に達しようとしている。
ここは一つ、舞夏には悪いが、今日だけは我慢してもらおう。
「あ……」
ケーキにロウソクを刺し出した進を見て、舞夏が小さく悲鳴をあげる。
進は目で舞夏に謝りながら、次々とケーキにロウソクを立てていく。
全てのロウソクを立てたところでマッチに火を点け、いよいよ点火しようとしたところで、
「やめて!!」
突然、舞夏が横から手を出してきて、進の手を払った。
「あっ!?」
手を払われた進の手からマッチ棒が飛び、進の手が当たったケーキも宙を舞う。
マッチ棒は二度、三度と回転して落ち、ケーキは逆さまになって絨毯の上に落ちた。
「わっ、おわっ! わわわわっ!」
進はまだ燃え続けているマッチ棒に飛びつくと、慌てて火を消す。
幸いすぐに消火出来たので、絨毯が少し黒ずんだ程度で済んだ。
燃えカスになったマッチ棒を拾って嘆息すると、進は舞夏に向き直る。
「何するんだよ。危ないじゃないか!」
「あ……ちが……」
「燃え移らなかったからよかったものの、もし火事にでもなったらどうするんだ! それに、折角買ってきたケーキが台無しになっちゃったじゃないか!」
「か……じ?」
火事、という言葉を聞いた途端、舞夏の顔がみるみる蒼白になっていく。
頭を抱え、いやいやと首を振り、目にはみるみる涙が溜まっていく。
そして次の瞬間、
「いやああああああああああああああああああああああああああああ!!」
舞夏は叫び声を上げて部屋を飛び出した。
そのまま玄関の扉を開ける音が聞こえ、舞夏が泣きながら飛び出して行ってしまう。
「……え?」
予想外の反応に、進は唖然とすることしか出来なかった。
一体、舞夏に何があったのだろう。
家を飛び出してしまうくらい、彼女にキツく当たってしまっていたのだろうか?
進は先程の舞夏とのやり取りを思い出してみたが、思い当たる事は何もなかった。
だが、あの様子は尋常じゃない。あのままの彼女を放っておくのは危険な気がする。
そう思う進だったが、同時に歩を一人残して舞夏を追いかけていいものか逡巡する。
すると、
「兄ちゃん。追いかけないと!」
「え?」
そこには、可愛らしい眉を八の字にした歩が、きょとんとする進を睨んでいた。
「舞夏お姉ちゃん泣いてたよ。お姉ちゃんが嫌がっていたのにロウソクに火を点けようとするからいけないんだよ」
「で、でも、俺は歩の為に、それに歩を一人で置いていく訳には……」
歩の為を思っての行動だったのに、まさかそれについて言及されるとは思わなかった。
「歩のことはどうでもいいの! いいから早く追いかけるの!」
「は、はい。ごめんなさい!」
テーブルを力強く叩いた歩に怒鳴られ、進は反射的に謝罪の言葉を口にすると、慌てて家の外へと飛び出した。




