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破産

 ごく普通の高校生活を送っていた進の人生が劇的に変わった事の始まりは、学校の帰り道、生活費を下ろす為に銀行に向かって歩いている時に着信した一通のメールが原因だった。

 そのメールは、海外で仕事をしている父親から送られてきたメールで、タイトルに『息子へ』と書かれたメールを開くとそこには……。


『ごめーん、スポンサーに騙されて全財産失っちゃった。とりあえず借金取りから逃げなきゃいけないから、父さんと母さんはいなくなったものと思ってくれ。仕送りはもう出来なくなるけど、進なら何とかしてくれると信じている。歩と共に、兄妹仲良く力強く生きるんだよ。それじゃあ、達者で暮らしてくれ』


 余りにも突拍子もない内容だったが、進は「またか」と軽く溜め息をつくだけだった。

 取るに足らない些末な事、進にとって両親から来たメールはその程度の認識だった。


 進の両親は、自称、正義の味方の冒険家という、他人に明言するには多少憚れる職業に就いている。

 そして、生活も収入も不安定な職業に就いている両親が、これまで似たような事態に陥った事など、一度や二度ではなかった。

 何ヶ月も生活費が送られず、飢え死にしかけた回数は数え切れない。また、ある時は、黒服を着た男が大勢、夜中に大挙で押し寄せて来て、人質にされかかった時もあった。

 実の子供を幾度となく命の危機に晒しておいて、何が正義の味方だ。と文句の一つでも言いたかったが、それも既に諦めた。


 幼少の時からそんな修羅場をいくつも越えてきた進にとって、両親からの破産宣言程度で、今更動じる事はない。

 何故なら、既にこういう事態を想定し、毎月の生活費を切り詰めて、それなりの蓄えを築いてきたからだ。

 その甲斐があったと、進は少し安堵した表情で駅前にある銀行の自動ドアを抜けた。


 中は思った以上に混雑しており、二十台近く並ぶATMはその全てが埋まっていた。順番を待つ列もかなりの長さで、一瞬並ぶのを躊躇いそうになるが、コンビニでは手数料がかかってしまうと、進は大人しく列の最後尾に並んだ。

 順番待ちをしている間に、カバンから新聞を取り出して記事に目を通す。

 今日の一面は、総理大臣の支持率がまた低下したという記事だ。

 他にも、何処かの薬品工場で薬品が大量に盗まれたとか、とある県の山林で身元不明の女性の遺体が見つかったとか、紙面に並ぶ文字は、どれも明るいニュースとは言い難いものばかりだった。

 決して豊かな経済状況でない進が新聞を取っているのは、二つの大きな理由があった。


 一つは勉学の為。

 幸運にも高校に通ってはいるが、大学に行けるかどうかは未定だ。

 自分が大学に行けるとしたら、それは奨学金を得るしかないと思っている。

 それに、万が一大学進学を諦めて就職をするにしても、新聞を読んでいるのとそうでないのでは、知識面において雲泥の差が出るだろう。

 一通り記事を読み終えた進は、続いてスーパーのチラシを取り出し、今日の特売品のチェックを始めた。

 これこそがもう一つの理由だった。

 新聞の中に入っているスーパーのチラシ、これ欲しさに進は新聞を取っていた。

 両親からあのようなメールが来た以上、当分の間は生活費の援助は期待できない。

 半年ぐらいなら援助なしでも生活出来る蓄えはあるつもりだが、それでもここは、一円でも多く節約するのが当然だった。

 後は、その間に適当なアルバイトを見つけ、どうにか食い繋いで両親の再起を待とう。

 この時の進は、目の前の問題をこの程度にしか考えていなかった。


 それから五分ほどして、やっと進の順番の来た所で再び携帯が鳴った。

 外側の液晶をちらりと見ると、またしても父親からのメールだった。

 しかし、ここで携帯を開いて中を確認しようものなら、後ろで順番待ちをしている人たちから冷たい視線で睨まれるのは必定なので、携帯を乱暴にポケットにしまい、空いたATMへと急いだ。

 カードと通帳を入れ、暗証番号を入力して引き落とす金額を入力した所で、


「あれ?」


 機械から残高が足りませんという旨のお知らせが返って来た。

 そんなバカな、と思いながらも、もう一度初めから操作し直す。

 しかし、何度やっても結果は同じだった。

 進はまさか、と思いながらも先程来た両親からのメールを開く。

 そこには、信じられない内容の文面があった。


『さっき伝えるの忘れたけど、進が密かに貯めていた貯金を、逃亡資金として使わせてもらうよ。いつかきっと返すから堪忍してね』


 戦慄を覚えながら残高確認をしてみると、百万近くあったお金が、一円も残っていなかった。

 こんな事があるのか? 実の両親だからってそんな横暴が許されるのか? というか、それが自称とはいえ、正義の味方のすることか? 進の脳内に、言葉にならない思いが浮かんでは消えていく。

 自分がコツコツと築き上げてきた大切な財産を、あっさりと奪われてしまった。

 進はその事実をすんなり受け入れられず、溜まらずその場に膝をついた。

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