仲間たち
「それじゃあ、進ちゃんの入居を祝って乾杯」
偉丈夫の乾杯の音頭に合わせて、一同はグラスを鳴らした。
あれから一同は場所を移し、偉丈夫の部屋へと移動していた。
偉丈夫の部屋は、ひと言で言うとピンク一色だった。
1LDK全ての部屋の壁紙からカーテン、床に敷かれた絨毯まで全てピンクで統一され、部屋に設えた家具までもピンクとなると、目を開いているだけで疲れてくる。
今はリビングの中央、これまたピンクのテーブルの上に並べられた偉丈夫特製の手料理に、各々が舌鼓を打っていた。
数種類のパスタにグラタン、チューリップにされた鶏肉のから揚げ、お刺身や豚の角煮、うず高く積まれたサラダ等、和洋折衷な料理が大皿にこれでもかと盛られ、好きな物を取って食べるように指示されていた。
これらの料理を全て偉丈夫一人で作ったと聞き、進は驚きで舌を巻いた。
「フフフ、いやね。そんな褒めても何もでないわよ?」
「いや、でも本当に凄いですよ。味も申し分ないですし、これなら店を開いても充分やっていけますよ」
「そう? 実は私、ゆくゆくは小さな居酒屋を開くのが夢なのよね」
進の手放しの賞賛に、偉丈夫は身をくねらせていた。
その見た目は相変わらず恐怖しか感じないが、自分の夢を語る偉丈夫の姿は、正に夢見る少女そのものだった。
「そういえば、自己紹介がまだだったわね。私は白鳥……ゴニョゴニョ」
「へっ? 何て?」
白鳥という名字は聞き取れたが、名前の方が聞き取れなかった。
すると、偉丈夫、白鳥は何でもないと言って改めて口を開く。
「な、なんでもないわ。私の事はカオル・S・アンビバレント。もしくはカオルちゃんと呼んでね」
可愛らしいウインクのおまけ付きで名乗る白鳥。
その姿に、進は全身に鳥肌が立つのを自覚するが、どうにか耐えて質問する。
「はあ……それはわかりましたけど、名前の途中のSって何ですか?」
「よく聞いてくれたわね!」
進からの質問に、白鳥がいきり立つ。
「Sは私の男でも女でもない心情を表しているの。つまりSは性別、英語で言うとセッ……」
「いい加減にしろ!」
暴走をし始める白鳥を舞夏が鉄拳を持って制する。
「いっつも、いっつもその下品な自己紹介を辞めろって言ってるでしょ、勝之進のくせに!」
「何処が下品なのよ? それに俺の本名を言ってんじゃねぇよ!」
その言葉を皮切りに、二人は進を無視して口論を始める。
突然、始まった口論に、進が呆然と佇んでいると。
「進君。気をつけたほうがいいぞ。余りカオルちゃんを褒めると、掘られちゃうぞ?」
メンソールの香りと共に、茶色に染めた長い髪を後ろで一つにまとめた、爽やかイケメンが気安く声をかけてきた。
見た目はいかにも遊び人といった感じなのに、その屈託のない笑顔は、見る者を惹き付ける魅力があった。
この人が、このアパートのもう一人の住人のようだ。
「え? あ、あの……」
「ああ、僕は城戸裕也。都内の大学に通っている愛と金の求道者だよ。ヨロシク」
「はあ、愛と……金、ですか?」
「そう、全ての綺麗で金を持った女性は僕の寵愛を受ける為にいる。といっても過言ではないと僕は自負している。だから進君、もし美人で金を持っていそうな女性を見つけたら、僕に教えてね」
城戸は臆面もなく言ってのけると、歯を光らせて笑った。
その爽やかな笑顔に、女性なら心ときめくのかもしれないが、進は単に呆れるだけだった。
そういえば、優貴が毎晩違う金持ちの女を連れ込む男がいるという話をしていた。
確認するまでもなく、城戸こそがその男なのだろう。
「ん、どうした? 僕の顔に何かついてる?」
「いえ、その……城戸さんは自分に素直なんですね」
「まあね、人生は短いからさ。輝ける時に全力で輝く。それが僕の座右の銘なんだ。そして、その為には何よりもお金が必要なんだ」
「そ、そうなんですか?」
「そう。だって金がないと僕自信を磨けないじゃないか。女性たちが金を貢いでくれるんだ。なら、僕はそれに全力に応えなければならないだろ?」
髪をかき上げ、親指を立てると城戸は爽やかに笑った。
「はあ……」
言ってることは最低だが、城戸にも彼なりのポリシーがあるらしかった。
しかし、進にはそのポリシーは微塵も理解できるものではなかったのだが……。
「何、カッコつけてるのよ。あんたがお金を求めるのは、そんな理由じゃないでしょ」
ドヤ顔を決めている城戸に水を差すように、ジト目の白鳥が口を開く。
「あんたが毎晩女にお金を貢がせているのは、自分の大学の学費を払う為でしょ」
「「え?」」
白鳥の呟きに、進と舞夏、二人の声が重なる。
「意外でしょ? この男、自分はいかにもプレイボーイって態度取ってるのに、その実は、奨学金の返済の為に健気にその身を金持ちのババアに売る苦学生なのよ」
「そ、そうなんですか? 学費の為って本当なんですか?」
「う……」
驚いた舞夏に問い詰められ、城戸は気まずげに視線を逸らした。
その態度は、白鳥の言葉が真実だと認めているようなものだった。
「どうしてですか? 城戸さんって、確かごく普通の家庭出身ですよね? もしかして、家が凄い貧乏だったりするんですか? 両親が多額の借金を抱えていたりするのですか?」
「いやいや、そんなわけないだろ」
舞夏からの怒涛の質問に、城戸は冷や汗を流しながら否定する。
「舞夏ちゃんの言うとおり、僕の家はよくあるサラリーマンの中流家庭だよ。ただ、両親に負担を余りかけたくないし、でも、大学生活を思いっきり満喫したいから僕の出来る事をやっているだけさ」
その言葉を聞いて、舞夏は驚きに目を見開く。
「信じられない。女の敵で最低のクズ野朗と思っていたのに、両親に迷惑をかけたくないからだったなんて……実は家族を大事にする最低のクソ野朗だったんですね」
「あのね、舞夏ちゃん。それ、ちっとも改善されていないと思うよ」
舞夏の歯に衣着せぬ物言いに、城戸はがっくりと肩を落としていた。
「それとカオルちゃん。いきなり僕の秘密をバラさないでよ。進君はともかく、舞夏ちゃんが僕の優しさを知って惚れちゃったら困るじゃないか。僕、お金のない子とは関係を持つつもりはないんだ」
「いや、その前にあたしは絶対にあんたなんかに惚れないから」
「ホッ、それはよかった」
「そ、その態度はそれで、なんかムカつく……」
舞夏からの抗議を軽く受け流し、城戸は進に向き直る。
「とにかく、せっかく僕にやっと出来た同姓の後輩なんだ。お金の貸し借り以外の事ならば、何でも遠慮なく相談してね」
「あ、はい。よろしくお願いします」
進は差し出された手を、しっかりと握り返した。
第一印象はとんでもない人間かと思ったが、その方法はどうであれ、どんな事をしても家族を守りたいと思う気持ちは大いに共感できた。
そのまま握手をしていると、城戸が顔を寄せて進に耳打ちする。
「ちなみに、さっきのカオルちゃんの発言。あれ、マジだから」
「何がですか?」
「余り褒めると掘られるって話。カオルちゃんは、君の事をかなり気に入っているらしいから、気をつけた方がいいよ」
「そ、そうなんですか?」
「ああ、人一人を歓迎するのに、この料理の数は尋常じゃないだろ? 四人がかりでも食べるのに丸一日かかる量だ。つまり、それだけ君に心酔しているというわけだ」
その言葉に、男二人はコソコソと伺うように白鳥を見やると、
「ちょっと、何コソコソ話してるのよ。私が進ちゃんに襲い掛かるわけないじゃない」
バッチリ目が合ってしまった。
頬を膨らませて怒る白鳥に、進は慌てて目を逸らし、城戸は呆れたように進言する。
「いや、カオルちゃん。さっき舞夏ちゃんに向かって泥棒猫とか阿婆擦れとか喚いてたじゃん」
「な、何言ってんのよ。あれは言葉のアヤってやつよ」
「でもさ。一生懸命隠してるつもりかもしれないけど、僕、見ちゃったんだ」
「な、何を?」
「昨日、薬局でカオルちゃんがアロマと一緒に……」
「それ以上はだめえええええええええええええええええええええ!!」
白鳥はいきなり飛んだかと思うと、城戸に覆いかぶさり、その口を塞いだ。
そのまま流れるような動きで袈裟固めを決めると、城戸の顔を大きな左手で掴み、アイアンクローの要領で締め上げる。
「このっ、今まで手を出さないでおいたからって調子に乗りやがって! 何なら進ちゃんより先に貴様のケツの貞操を奪ってやろうか? ああっ!?」
白鳥は顔を真っ赤にして、苦しそうにじたばたもがく城戸を更に締め上げる。
そのまま城戸を落としてしまう勢いで締め上げていると、
「や、やっぱり、襲うつもりだったんだ……」
顔を真っ青にして、お尻を隠すように立つ進と目が合った。
「あ……」
進が怯えるように一歩後退った瞬間、白鳥は気付いた。
自分がさっき、とんでもない発言をしたことに……。
「ち、違うのよ? 進ちゃん」
意識を失った城戸を放り投げ、進に必死に弁明するが、
「…………」
進は黙って距離を取った。
「す、進ちゃーーーーーーーーーん!!」
「うわっ!?」
涙を流しながら、抱きつこうと手を伸ばしてくる禿頭の偉丈夫という、B級ホラー映画でも中々見られないに恐怖に、進は手にしていた皿を放り出して逃げ出した。
「ちょ、ちょっと進、危ないでしょ!」
男二人が室内を駆け巡るものだから、当然ながら舞夏から怒声が飛ぶ。
「そ、そんなこと言ったって……」
舞夏の迷惑そうな視線に進は思わず足を止めかけるが、後ろを振り返れば、涙と鼻水で顔がグチャグチャになった白鳥が「違うのよ!」と叫びながら迫ってきている。
その顔を見た瞬間、進は一にも二にも逃げなければいけないと本能で察した。
「俺は絶対に捕まらないからなああああああああああああああ!!」
進はそう叫ぶと、靴を履く行為すら惜しいと、裸足で夜の闇へと駆け出していった。
その後、近所で暫くの間「違う」と叫ぶ禿頭の変態が出るという噂が流れたが、それはまた別の話だ。




