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仕事を捜そう

 病院から外へ出た途端、太陽の眩しさに進は思わず手で目を覆う。

 歩が入院している病院は、ここら辺りではかなり有名な大学病院だった。

 広大な敷地には、入院患者の心の療養の為に一面に芝生が、花壇には色取り取りの季節の花が植えられていた。

 公園のように整備され、目に見える範囲に高い建物が一切ない敷地内のあちこちには、入院患者が家族と笑顔で語らったり、病院で飼われている犬と戯れていたりしていた。

 進はそんな様子を微笑ましく見ながら歩く。

 自分も歩とあんな風に中睦まじく過ごせたらいいな、と思い馳せながら。

 しかし、今日の様子を見る限りでは、決して簡単にはいかないだろう。

 何故なら、歩はこうだと決めたら、中々自分の意見を曲げないからだ。

 ああなった歩を納得させるには、それ相応の結果を出すしかない。


「その為には、まず仕事を探さないとな」

「その為って何の為だ?」

「え? ってうわっ!」


 驚いて後ろを振り向くと、頬に冷たい感触が当たり、進は更に驚いて飛び退く。


「なんだ。そこまで驚かなくてもいいだろう」


 そこには、両手にコーヒーの缶を持った優貴が苦笑しながら立っていた。


「自販機で飲み物を買っている最中で進君の姿を見つけたのでな。ほらっ」

「おっとと……」


 進は投げられた缶コーヒーを慌てて受け取った。

 缶を開け、咽を鳴らしてコーヒーを一口飲んだ優貴は、呆れた表情で話を切り出す。


「ところで進君。仕事を探すというのはどういう風の吹き回しだ?」

「どうもこうもないですよ。全財産を失ったんですよ。働かないと生きていけないじゃないですか」

「当面の生活費はこっちで用意してやる。と言ったはずだが?」


 優貴の言葉に、進は神妙な顔でかぶりを振る。


「その気持ちはありがたいです。でも、それだけじゃ駄目なんです。誰かの世話になってるだけじゃ……それに甘えて自分で何もしなければ、いつまで経っても親父に振り回されっぱなしになるだけだと気付いたんです」

「ふむ……」


 進の真剣な眼差しに、優貴は暫く進の目を真っ直ぐ見つめていたが、


「それで、本当はどういう理由なんだ?」

「……え?」

「勇輝さんに振り回されっぱなしというが、今まで何度も似たような目に遭って、全く改善しなかった君が、そんな簡単に考えを変えるはずがないだろう。だとしたら、君の考えを変えた原因は他にあると容易に推察できる」

「う……」


 優貴は進が話した理由を、全く信用していないようだった。

 言葉に詰まった進を見て、優貴の推察は確信へと変わる。


「その様子だと違う理由があるみたいだな。ほら、話してみろ」

「い、いや……その……」

「いいから話せ。私は他人に隠し事をされるのが大嫌いなんだ」


 優貴は進の頭を捕まえてヘッドロックをかけると、無理矢理にでも吐かせようとする。

 進は逃れようともがくが、優貴の力は思いのほか強く、必死に抵抗してもビクともしない。それと、動く度に優貴の豊かな胸が顔に当たるので、正直色々とマズイ状況になりつつあった。


「わ、わかりました。話します。話しますからから離して下さい!」

「ふん、最初からそういう態度を取ればいいものを」


 進の必死の懇願に、優貴はようやくその手を離した。

 進は優貴から距離を取ると、赤い顔を悟られないように自分の顔を扇ぐ。


「それで、本当の理由は?」

「実はですね……」


 観念した進は、仕事をすると決めた本当の理由を白状する。

 生きていく為、家族を養う為に必要だとか、人生経験を積むためとか大層な理由ならまだよかった。

 それは、他人からしたら本当にくだらない理由。

 進は滝川舞夏という名の暴君に対抗する為、自分のささやかなプライドを守る為に仕事を始めると決意したのだ。更に言えば、舞夏に支払う家賃分だけ貰えれば、どんな仕事でも、それこそ人に言えないような仕事でも構わないと思っていた。


 理由を正直に語った進は、恥ずかしげに顔を伏せた。

 絶対に馬鹿にされる。もしくは笑われる。

 そう思って優貴からの反応に怯えていたのだが、


「何だ。充分立派な理由じゃないか」


 優貴から返ってきた言葉は、予想していなかったものだった。


「誰かに認めてもらいたい。見返してやりたいという気持ちで働くことの何処が悪い」

「え……でも、こんな自分勝手な理由でいいんですか?」

「良いも何も、働く理由なんざ人それぞれだろ。確かに誰かの為に働く奴はカッコイイかもしれないが、それが全てではない。それに、理由も無く、なんとなくで働いている人間よりはよっぽどマシさ」


 優貴は微笑を浮かべると、進の頭を乱暴に撫でた。

 まさか褒められるとは思わず、進は嬉しくて思わず双眸を細めた。

 優貴は笑顔で進の頭を撫で続け、進もそれが気持ちよくてされるがままに任せていた。

 しかし、そのまま続くかと思われた優貴の優しさは、突然終わりを告げる。


「あ、あれ?」


 優しく進の頭を撫でていた優貴の手が、急に激しく、荒々しいものに変わったのだ。

 脳をシェイクされるみたいに激しく揺り動かされ、進は立っているのも困難になる。

 しかし、


「進君。私は君の考えを尊重しているが、同時に怒ってもいるのだよ」

「あだ、あだだだだ。痛い。痛いです!」


 優貴が進の頭をがっちりホールドし、その指を頭にめり込ませている所為で、倒れる事も適わない。


「働く上でどんな職種でも構わないという考えは感心しないな。君は未成年だ。年相応の相応しい仕事に就くべきだと思うがね?」


 骨がミシミシと軋むような音を立て、進の体が優貴の怪力によって持ち上げられる。

 足が地面から離れ、今にも頭が砕けてしまうのではという激痛に、進は半狂乱になったように足をバタつかせ、泣き叫ぶように謝罪の言葉を口にする。


「す、すすすみません。俺が間違ってました!」

「二度と自分を貶めるような真似はしないと誓うか?」

「誓います! 誓いますからどうか……どうかご慈悲を!」


 必死の懇願がようやく通じたのか、優貴は「フン」と小さく鼻を鳴らすと、ようやくその手を離した。

 地面に落ちた進は、自分の顔が歪んでいないか確認しながら愚痴をこぼす。


「あっ、痛ぅぅぅ。ひ、酷いですよ。頭の形が変わるかと思いましたよ」

「当然だ。悪い子にはお仕置きが必要だろう? 躾というものは体に教え込むのが一番だからな」

「躾って……俺は優貴さんの子供か何かですか?」

「ああ、私は既にそう考えているよ」

「――っ!?」


 優貴の言葉に思わず顔を上げた進は、思わず言葉を失った。

 優貴が進の事を、まるで実の子を見守る母親のように、慈悲に満ちた笑顔で見つめていたからだ。

 凛々しくて、女性らしいというよりは男前という言葉が似合う優貴からは想像も付かない程の穏やかな笑顔を向けられ、進はただ呆然と優貴に見惚れていた。


「フフ、どうした。私の顔に何かついているか?」

「い、いえ、その……つい見惚れてしまって……」

「……は?」

「しまっ……」


 思わず出てしまった言葉に、進は慌てて口を押さえるがもう遅い。

 恐る恐る優貴を見やると、まるで獲物を見つけた肉食獣のように、にんまりと底意地の悪い笑みで進を見ていた。

 その笑顔に嫌な予感を感じた進は、思わず回れ右して逃げ出そうとするが、その前に優貴に襟首を捕まえられる。


「ほほう、進君は私をそういう目で見ていたのか」

「ち、違っ……」

「照れるな、照れるな。そうか、私も随分、罪な女だったのだな」


 優貴は進を抱き寄せると、肩を組んで進にもたれかかるようにして顔を近づける。

 至近距離で妖艶な目で見つめられ、更に優貴から漂ってくる香水の甘い香りに、進はくらくらと立ちくらみを起こし、膝をつきそうになった。

 すぐ横を見やれば、息がかかる距離に優貴の端正な顔がある。

 優貴の形の良い唇が妖しく濡れそぼり、進の目を釘付けにする。

 心臓が激しく脈打ち、今にも破裂しそうだった。

 誰かに一押しされれば、進は迷わず一歩踏み出していたかもしれない。

 ここが病院の敷地内という場所でよかった。

 進はギリギリのところで理性をコントロールし、どうにか言葉を搾り出す。


「ちょ、ちょっと優貴さん。顔が近いでちゅ」


 噛んだ。


「気にするな。私と君の仲だろう?」

「そ、そんなステディな関係になった覚えはないですよ?」

「フフ、君は初心で可愛いな。そんな君に、私のとっておきを教えてやろう」

「と、とっておき……ですか?」


 その言葉で、進の理性のタガはまたしてもぐらぐらと揺れ出す。

 熟した果実のような甘い囁きに思わずゴクリ、と咽を鳴らす。

 進のそんな反応を見て、優貴は妖しく微笑むと、舌なめずりをして進の耳元に息を吹きかけるようにとっておきの言葉を囁いた。


「そうだ。君にピッタリの仕事を私が紹介してやろう」

「………………は?」


 思わず間抜けな声を上げる進に、


「どうした? 仕事がほしかったのだろう。それとも、別の何かを期待していたのか?」


 優貴は、それはそれは底意地の悪い笑みを浮かべて進の額を小突いた。

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