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同居人は女の子

 それから暫くして、女の子が再び姿を現した。

 今度は流石にバスタオル一枚ではなく、上下臙脂色のジャージに着替えていた。

 中へ入るように促す女の子を優貴は片手で制し、玄関先で互いを紹介し始める。


「それでは改めて自己紹介をしようか。進君、彼女は滝川舞夏。君と同じく、訳あって私が預かっている家出娘だ。そして、舞夏。彼は白川進。私が昔お世話になった人の息子で、今日からここで暮らすからよろしく」

「ちょ、ちょっと待ってください!!」


 勝手に結論付けて帰ろうとする優貴に女の子、舞夏が待ったをかける。


「なんだ。私は明日も早いんだ。話し合いなら当人でしてくれ」

「いいえ、これだけは言わせて下さい。同居人が増えるのには同意しましたけど、男だなんて聞いてません。それにこいつ、さっきあたしをいやらしい目で見てました。こんな男と一つ屋根の下なんて冗談じゃないです。あたしの貞操の危機です!」


 先程の進に危機感を感じているのか、舞夏は自分を抱くようにして進を睨んでいた。

 いきなり水を向けられた進は、慌てて首を振る。


「あ、あれは俺の所為じゃないだろ!」

「だとしても、よ。いつまでもジロジロ見るなんて信じられないわ! 普通、そういう現場に居合わせたら、視線を逸らすのが普通じゃないの?」

「そ、それは……ゴメン」

「ほら、やっぱりいやらしい目で見てたんじゃない。優貴さん、あたしはこんな奴を受け入れるなんて絶対に嫌ですからね。大体、このアパートはもう一部屋空き部屋があるじゃないですか。こんな奴、あの部屋で充分ですよ!」

「え、まだ空いてる部屋……あるの?」


 それなら、そちらの方が精神的にも、倫理的にも断然いい。

 そう思う進だったが、優貴は「駄目だ」と一言で切って捨てる。


「あの部屋は雨漏りをしていて、中の畳や、木で出来た物は殆どが腐っていてな。最低限の補修はしたが、人はとてもじゃないけど住める状況じゃない。精々、現状の物置が関の山だろう」

「じゃ、じゃあ他の部屋は?」

「それこそ論外だ。一人はあの白鳥で、もう一人は毎晩違う金持ちの女を連れ込むような城戸だぞ? どちらに行っても進君が心安らげる場所なんてない」


 それに、


「進君には小学生の妹が一人いる。その子もここに住むとなると、あの二人と同居させるのは情操教育上よろしくないだろう。それとも舞夏、君はいたいけな少女にトラウマを植え付けるつもりか?」

「う……それは」


 残る二人の姿を思い描いたのか、あれだけ息巻いていた舞夏が意気消沈する。

 その内の一人、偉丈夫こと白鳥の姿を思い描いた進も、全身に鳥肌が立つのを自覚して身震いする。

 もう一人は、まだ会った事はないが、話を聞く限り碌でもない人種のようだった。

 ここで彼女との同居を断ると、偉丈夫か好色のどちらかと同居。

 進にとって、もはや選択の余地はなかった。

 進と同じ結論に至ったのか、舞夏からの抗議がはたと止んだを確認した優貴は、


「それでは私は帰る。後のことは二人でよく話し合うんだな」


 タバコを取り出して咥えると、手をヒラヒラと振って去っていった。

 後に残されたのは、無言のまま項垂れる男女一組だった。

 しかし、悔しげに唇を噛む舞夏とは違い、進は別の意味で気が気でなかった。

 思わぬ形で女の子、しかもモデルと見紛う程の可愛らしい子と一つ下の屋根で暮らすのだ。

 外から見た限りでは、部屋数は二つか三つ、どう考えても完全なプライベートな空間を確保できるとは思えない。

 これだけ狭いと、あれこれ色々な問題が起きるのは必然だろう。

 だが、これまで悪い事続きだったんだ。これくらいの役得があってもいいはずだ。

 進はそう結論付け、これからの生活に淡い期待を抱くのであった。



「いい? 優貴さんの許可だから仕方なくこの家に住ませてあげるけど、あたしの言う事には、すべからく従ってもらうからね」


 前言撤回、進の淡い期待はものの五分で崩れ去っていた。

 優貴が去った家の中では、小さな暴君が降臨していた。

 この部屋の間取りは、リビングとダイニング、そしてまだ見ぬ一部屋を除けば、風呂とトイレしかない。

 この間取りで風呂、トイレが別なのは驚きだが、それでも部屋数は実質三つだ。

 その中で進は、入り口の扉を入ってすぐのダイニングで、舞夏によって作られた二メートル四方のビニールテープの囲いの中で正座させられていた。


「まず、そこから出るのは禁止。トイレはそこだけど、あたしが使用した後、一時間は使用禁止。それと、トイレットペーパーは、一回で二ミシン目以上使うのは禁止だから。それに、お風呂は湯を張るのも禁止、シャワーは五分以内に済ませる事。後は……」

「あの、その禁止事項ってまだ続くの?」

「何よ、文句ある?」

「いや、文句がない方がどうかしているだろ!」


 進は立ち上がると、舞夏に猛然と抗議し始める。


「俺は優貴さんに助けられたが、君に助けられた覚えはない。大体なんで、さっき初めて会った君にそこまで言われなきゃいけないんだよ!」

「それは言うわよ。だって、ここはあたしの家だもの」

「違うだろ。ここは社員寮だって聞いたぞ。なら、この部屋は優貴さんの会社の物であって、断じて君の物じゃない。だから俺がこの部屋の使い方について、君にそこまでとやかく言われる必要はない」

「そうね。確かにこの建物は優貴さんの物であって、そこに誰が住むのかは、優貴さんに取捨選択があるのは認めるわ」

「なら……」

「でも、それとこれとは話は別。そもそもここの家賃は誰が払うと思ってるの? あなた、見たところお金をちっとも持ってなさそうだけど、いくらか払えるの?」

「……え? 家賃ってあるの?」


 てっきり社員寮というくらいだから、家賃はタダだと思っていた。


「はあ? 何言ってんのよ。この建物や共用設備を維持する為の管理費、そしてここの大家に払う家賃があるのだから、住人がそれを負担するのは当然でしょう」


 一応、社員寮という名目なので、ここら辺りの平均の家賃よりはかなり安いらしいが、それでも今の進には、土台無理な話だった。


「それで、家賃、払ってくれるの?」

「……………………払えません」


 進が無一文である事を伝えると、舞夏は勝ち誇ったような表情になる。


「あら、碌にお金も持っていないのに部屋の使い方をどうこう意見しようと言うの? そういうのは、家賃をまともに納めてからにしてくれない?」

「クッ……わかったよ」


 進が負けを認めて頭を項垂れると、舞夏は完全に勝ちを確信したのか、余裕の笑みで応える。


「フン、そこで潔く負けを認める潔さに免じて、このダイニングぐらいは自由に使ってもいいわ……ただしっ!」


 そこでダイニングとリビングを繋ぐ扉を指差し、


「あの扉を越えて入って来たら殺すから」


 笑顔で恐ろしい事をさらっと言うと、舞夏は扉の向こうへと消えていった。

 すると、程なくして隣の部屋の電気が消され、途端に辺りが静かになった。

 時計を確認すると、もう日付が変わってから一時間も経っていた。

 もしかしなくても、舞夏はもう寝るつもりなのだろう。

 それを知った進も、大人しく寝る事にする。

 しかし、電気を消そうとしたところで、


「ところで、布団とか……ないのかな?」


 真冬ほどではないが、まだ夜は充分冷え込む季節だ。

 フローリングの床に直接寝ると、ひんやりとした感触が伝わって思わず身震いする。

 とはいっても、既に部屋の奥に消えてしまった舞夏に布団を要求することは無理そうだった。流石に、殺すと宣言されているのに、わざわざそこまでの危険を犯す勇気は持ち合わせていない。


「まあ、多分風邪はひかないだろ」


 進は少しでも寒さを凌ぐ為に体を丸めると、静かに目を瞑った。

 それにしても、正に怒涛の二日間だった。

 全てを失い、ホームレス生活を覚悟していたが、奇跡的に屋根のあるところで寝る事が出来るようになった。

 正に捨てる神あれば拾う神あり、である。

 だが、同居人との生活は、とてつもない困難が付きまといそうだった。

 先ずはお金をどうにか工面して、家賃を納めなければ同じ土俵に立つ事すら出来ない。

 近日中に家賃を用意して、舞夏をあっと言わせてやる。

 その為に、明日は早く起きて歩の顔を見た後、仕事を探そう。

 働くには体が資本、だから一刻も早く寝なければならないのだが、果たしてこの状況で寝られるのだろうか?

 そう思う進の心配は、杞憂に終わった。

 体に相当疲れが溜まっていた進は、あっさりと夢の中へと落ちていくのであった。

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