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とある宿屋の娘の推理事件簿【セリーゼ編】


 客の寝静まった深夜の安宿の一室で。

 十四歳のセリーゼは、ろうそく一つの灯る狭い自室で一人っきりで篭り、黙々と手紙を書いていた。


 ――拝啓 お兄様。


 お兄様、事件です。

 この宿の二階右端二番目に宿泊している客がすごく怪しいんです。

 私はどうしたら良いのでしょう……。


 敬具。

 

 セリーゼはその言葉だけを綴ると、手紙を四ツ折りにし、封に入れた。



 ※



 翌朝。

 セリーゼは死角となる壁に身を潜め、二階右端二番目の部屋を監視していた。

 その部屋から同じ歳とも思える黒髪の彼が出てくる。

 彼は部屋を出る時必ず、白いローブを着込み、白のフードで顔を隠して出て行く。

 そう、今日だって。


 この町で相次ぐ謎の殺人事件。

 被害者は旅人。そう、旅人だけを狙った犯行である。

 目撃情報もなければ犯人の手がかりすら見つからない。いわば完全犯罪のトリック。

 ──いいえ。

 セリーゼは首を横に振る。

「犯人は絶対彼だと決まっている。必ずきっと何か手がかりを残しているはず。それを私が見つけ出してみせるわ。お兄様の名にかけて」

 呟き、セリーゼは親指の爪をかんだ。癖である。小さい頃から考え事する時はいつも爪をかむ。

 

 彼が移動を開始する。


 それに合わせてセリーゼも行動を開始した。


 宿を出て、町を歩く。

 ただそれだけのことなのに、彼の後を追うのは容易ではなかった。

 彼は特別、目立つような格好をしているわけではない。彼と同じ格好の旅人はあちこちに見かける。それにここは帝都──白騎士に守られた町。黒騎士なら黒い格好をするので目立つが、彼は黒騎士ではない。だからいってあのように白い格好されて顔を隠されては旅人となんら変わりはないし、追うのさえ困難である。

 ──いいえ。

 セリーゼは首を横に振る。

「お兄様と同じ血を引くこの私が、彼ごとき怪しい人間を見失うはずがない」

 今まで二週間も尾行し監視してきた結果、彼は異世界人だと分かった。いきなり消えることはないものの、不慣れな言動やおかしな一面が多々見られる。極めつけは異世界人の典型的な特徴である、会話は通じても文字が読めないし書けない。だからこそ必要以上に誰ともコミュニケーションをとろうとしない。彼の傍に保護者となる現地人はいないのが不思議だ。異世界人は必ず二人一組で行動している。現地人が異世界人の監視を行うのは当然の義務だ。それなのにずっと単独で行動している。怪しいといえば怪しいところ。

 特に彼を尾行しようとしたきっかけでもある殺人現場の遭遇率。

 彼の通る場所は必ず、その翌朝には遺体が転がっている。

 彼を犯人と言わず何と言う?

 異世界人は人を殺さないと噂に聞くけれど、異世界人でも躊躇いなく殺す人は居る。仕事上、異世界と接触する機会が多いお兄様がそう言っていたんだから間違いはない。

 このお兄様の愛する平和な町に害を呼ぶ者を、私はけして許しはしない。

 セリーゼはそう決心し、彼の尾行を続けた。


 ただ町を散歩して宿に帰るだけの簡単な日常。

 それが彼の日常だった。

 一見、何事無き日常を繰り返しているように見えるが、必ずどこかに犯行の尻尾を隠している。


 その夜、セリーゼは自室で兄へ手紙を書き記す。


 ――拝啓 お兄様。


 二階右端二番目に宿泊している客がほんとにほんとに怪しいんです。

 私、気になって夜も眠れません。

 どうすれば良いのでしょう?


 敬具。


 セリーゼはその言葉だけを綴ると、いつものように手紙を四ツ折りにして封に入れようとした。


 ふと、カタンと軽い物音が聞こえてくる。

 セリーゼは手を止めてドアへと振り返った。

 ドアの向こうから聞こえてくる一人分の足音。

 気になったセリーゼは手紙をそのままに、ドアへと歩き、恐る恐るドアを開けて顔をのぞかせた。



 ※



 セリーゼは尾行していた。

 こんな夜分に一人外へと出掛けた彼の姿を追って。

 見つからないよう壁に身を潜めつつ細心の注意をもって監視する。

 昼だと白ローブは目立たないが、夜になればこの町も人けが減って白ローブは闇に目立つ。

 それが彼を追う目印となった。

 昼間と比べ閑散とひときわ寂れたこの町で、異世界人の一人歩きは危険そのもの。

 夜は犯罪に加え、明かりの届かないところでは魔物に出くわすことがある。

 現地人はそれが分かっているからこそ夜はあまり出歩かない。

 その常識を異世界人は持っていない。

 もちろんセリーゼとて例外ではない。多少の護身術は備えているものの、それが絶対的な安心感とは限らない。胸元にはいつでも警邏隊を呼べるよう笛を身につけている。そうやって己の身を危険にさらしてでも突き止めたかったのだ。この事件の真実を。

 自らの疑問の解消する為、そして兄が愛するこの町を殺人の恐怖から解放する為に。


 彼の足は昼間より急ぎ足だった。

 何か目的があるのだろう。


 セリーゼは彼を追う。

 角を曲がり、路地裏へ。

 そしてもう一度角を曲がったところで。

 セリーゼは彼の姿を見失った。


「え……?」

 その場で呆然と目を見開いて放心するセリーゼ。

 本当にあっという間の出来事だった。

 彼は一瞬で消えてしまったのだ。目の前から。

 いいえ。

 セリーゼは親指の爪をかむ。

 そんなはずはない。だって──


「話が違う!」

 男の怒鳴り声が聞こえた。

 見知らぬ男の声だ。

 気になったセリーゼは爪をかむことを止め、声のする方へと足を進めた。


 そして路地裏の、さらに奥の壁の角を曲がったところで。

 セリーゼは殺人現場を──この事件の真相を目撃することになる。


 悲鳴をあげようとしたところで不意に背後から何者かに口を塞がれ、セリーゼは壁影へと引っ張り込まれた。

 セリーゼは気付く。

 背後から体を抱きしめるように掴んで口を塞いできたのは彼だった。



 ※



 ――数日後。


 帝都神殿に勤務する兄のところに、妹から三通の手紙が届く。

 兄は一通目、二通目と手紙を読んで。

 そして最後に三通目となる手紙に目を通したところで、眉間に深いシワを刻んで人差し指をそこに当てた。


『拝啓 お兄様。


 お兄様、大変です。

 二階右端二番目に宿泊している客に私は恋をしてしまいました。

 どうすれば良いのでしょう?


 ――敬具。』


 兄は呟く。

「我が妹ながら話の過程がさっぱり見えん……」



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