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ホワイトデーな恋心【加害者的な何か……編】

 三月十四日、土曜日。

 ――ある日突然、その事件は始まった。




 くせっ毛と眼鏡が特徴の平凡な女子高生――コードネームEこと、園河愛海そのかわ・あいみは何かに燃えていた。


「ホワイトデーといえばクッキーです」


 愛海の家に遊びに来ていたMこと──笹原結衣ささはら・ゆいは、愛海の部屋で少女漫画を読みながらくつろいだ姿勢で問いかける。


「え? 誰かにチョコもらったの? 彼氏? バイト先の人? J?」


 愛海はぷるぷると首を横に振る。両の拳をきゅっと握り締めて、

「もらってません。だから逆チョコ返しするんです」


「それ、戻ってきてるよね? 自分に」


「あれ? あれれ? あれあれ?」

 愛海は混乱して頭を抱え、視線をきょろきょろさせた。


 そんな愛海の様子にため息を吐いて。結衣はくつろいだ姿勢から身を起こす。手持ちの漫画を床に置いて、

「要するに、ホワイトデーにクッキーを作って、それを誰かにあげたいってことだよね?」


 その言葉に愛海は満面の笑みを浮かべ、こくりと頷いた。

「はい!」

「それ面白そう。あたしも手伝う」

「ありがとう。Mちゃん」

「でもあげるって誰にあげるの? 学校の友達? バイトの人?」


 愛海はぷぅっと頬を膨らませる。

「それってなんか、毎年のパターンって感じでつまらなくないですか?」


 結衣は上目遣いに愛海の表情をうかがいつつ口元に手を当て言葉を続ける。にまっと笑って、

「――もしかして、J?」


 すると途端に愛海がしょんぼりと顔を俯ける。

「Jには幼馴染っていう絶対不動のヒロインが居ますから」

「え? Jって彼女居たの?」

「本人いわく彼女ではないそうなんですけど……。でもどう見ても私の入る隙がないんですよね。負けフラグっていうか」

「そんなの告白してみなきゃわかんないよ。その幼馴染より先に告白してみたら?」

「でも振られた時が……。これから顔を合わせるのも何だかちょっとって感じになりますし、ギルド仲間としての雰囲気もぎこちなくなるというか……」


 結衣はため息とともに肩を落とす。

「あーだよね、わかる。それある」


「それに最近、私気付いたんです」


「何に?」


「私、K君みたいな年下の男の子が好きなんじゃないかって」


「え……」

 結衣の表情に動揺が走った。


「あ。大丈夫です。そこはちゃんとわきまえてます。K君って奈々ちゃんのことが好きなんだってこと、分かってます。K君みたいな年下の子が良いって意味です」


「そ、そう」

「……でも、アメリカと日本の遠距離恋愛って、あまりにも遠すぎて寂しいと思いませんか?」


「だ、ダメだよ、Eちゃん! Kは絶対ダメだからね!」


「違います。そうじゃなくて、二人の恋の応援ってことで、二人に私たちからホワイトデーのクッキーを送ろうかなって思ってるんです」


「私たちから奈々ちゃんとKに?」


 愛海がにこりと笑って胸の前でぽんと手を叩く。

「はい」



 ※



 二階の愛海の部屋から一階にある台所へと二人で移動して。


 クッキーを作る準備をしながら、ふと結衣が「あ」と何かに気付く。

「そういえばEちゃん」


「なんでしょう?」


「あたし、思ったんだけど。Kって甘いもの苦手だったよね? 大丈夫かな、クッキー」


 ぴっと人差し指を立てて、愛海が提案する。

「じゃぁ甘くないクッキーを作ってみませんか?」


「甘くないクッキー?」


「おからクッキーとか」


「おからってあるの?」


「ありますよ。お父さん用にいつも買い溜めしているんです。私のお父さんも甘いものが苦手で」


「でもKのことだからクッキーってわかった時点で絶対口にしないよね」


「野菜が食べられないお子様みたいな感じですものね。K君って」


「うん、そうそう」


「だったら見た目がクッキーってわからないようにすればいいんですよね」


「できるの?」


「K君の分のクッキーは奈々ちゃんとは別に、見た目がクッキーとわからないものを作ってみましょう」


「パンとか?」


「でもせっかくのホワイトデーですし、クッキーという概念からは外れたくないですよね」

「ねー」

 二人で意気投合して。

 愛海は気合い入れるようにぽんと軽く胸の前で手を叩き合わせた。

「それじゃぁ、さっそく始めちゃいましょう。Mちゃんはかき混ぜとかそっちをよろしくお願いします」


「うん、まかせて」


「私は材料をそろえますね」

 言って、愛海は冷蔵庫や戸棚をごそごそ探し始めた。探しながらぶつぶつと独り言を繰り返す。

「クッキーじゃないクッキー……甘味の感じさせないお菓子……むむぅ……。ダイエットを気にする友人に、ありとあらゆる太らないおいしい菓子を提供してきた菓子マスターの名にかけて、なんとしてでもK君に食べてもらえるようなクッキーを作らないと……。クッキーに全く砂糖を入れないってわけにもいきませんから……砂糖をやたら少なくしてコーヒー系のビターな感じで……あとそれと、ベーキングパウダーを」


「ねぇ、それ膨らまない?」


「もちろん膨らみます。見た目をクッキーと分からなくしたいんです」


「白いクッキーに梅とか入れてお弁当な感じにしちゃう?」


「梅は種類によって壮絶な味覚の危険が伴うので私はあまりオススメしません。塩クッキーにするという手もあるのですが、なんかもうちょっとこう、K君にクッキーであることがバレないようにしたいですし……」


「じゃぁ梅とかゴマとかカツオ節系を混ぜて和風なクッキーにしちゃうっていうのは?」


「大丈夫でしょうか?」


「ついでにしょう油入れて煮物風な感じにしちゃう?」


「あ、なんかそれ、おせんべいみたいでおいしそうですね。それであとは堅クッキー的な感じで焼けば完璧に誤魔化せそうです」


「じゃぁKのクッキーはそんな感じで作ろうよ」


「はい」



 ※



 ――そして。

 作業を終えた二人は額に輝く汗を腕で拭った。

 テーブルの上に完成したそれを前に、満面の笑みを浮かべる。


「やっと完成しましたね」

「なんか奈々ちゃんのクッキーの方がすごく普通でおいしそうに見えるのは気のせいかな?」

「気のせいだと思います」

 愛海は即答で返した。そして、天使のような笑顔でニコリと微笑む。

「だって二人で試行錯誤して一生懸命作ったんですよ? 両方おいしいに決まってます」

「うん。そうだよね」


 間を置いて。

 二人は互いの目を逸らして自信ない声でぼそりと呟く。

「……きっと」

「たぶん……」


 ぽんと、愛海が胸の前で手を叩き、ぎこちない笑みで微笑む。

「やっぱり食べるなら出来たての方がおいしいですよね。ホワイトデーにはまだ早いんですけど、さっそくK君の家に届けちゃいましょうか」

「その帰りに奈々ちゃんの分も送ればいいし。そうしよっか」

「ねー」


 その後二人はそれぞれにかわいくラッピングを施し、届けに行ったのでありました。



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