凜と龍彦
白い壁。白い天井。
「………っ」
気が付くと、病院のベッドの上だった。
レイは辺りを見回す。そして思い出した。
自分は刺されたのだ。龍彦に刺されそうになっていた、凜を庇って。
「………。あら、起きたの?」
「………?」
レイは首を巡らす。
視線の先には凜がいた。目元が赤い。彼女はそれをごまかすように、目元をゴシゴシと擦った。そして、おもむろに口を開く。
「………翔華は、死んだわ」
「そうか……」
あれほどの出血だったのだ。死んでもおかしくはない。
「………」
「………」
二人の間に重い空気が流れる。
凜がぽつぽつと語り出した。
「……あなたが刺された後、雨流龍彦は、雨流翔華を残して消えた」
「……それで……?」
レイが静かに先を促す。
「……あなたはここの病院に運ばれて、今に至るわ。……それだけ」
「そうか……」
レイはゆっくりと身を起こす。傷口が少しだけ痛んだが、どうということはなかった。
凜が再び口を開く。
「………あなたが傷を負ったの、私のせいね。ごめんなさい」
そして頭を下げる。
レイは目を見開いた。
(え……?謝った……?)
予想外の謝罪だった。返す言葉が見つからない。
凜は、病室の壁の時計を見た。
「………そろそろ時間ね。行くわ。用事があるの」
立ち上がる。しかし、扉を開けようとした手を止めて振り返った。
「……見舞いの品よ」
手の中にあったものを投げる。そしてさっさと病室を出ていった。
レイはそれを、危なげなくキャッチした。
「リンゴ……?」
手の中で転がしてみる。文字が書かれているのに気が付いた。
「?」
リンゴには、「ケジメは着けなきゃね」と書いてあった。
夜の学園にひとけはない。
月明かりの降り注ぐ屋上に、神田凜は立っていた。
背後に人の気配を感じる。
「……来たわね」
彼女は振り返った。
雨流龍彦が立っている。彼は微笑んだ。
「待たせたね、神田凜」
「先輩を呼び出しておいて遅刻だなんて、いい度胸ね」
凜は既に警戒体制だ。カッターナイフを取り出す。
「さっさと始めましょう。無駄に長いのは好きじゃないの」
龍彦も日本刀を取り出す。
「心配する必要はないよ。すぐに終わる」
その時。
「ちょっと待ったぁ!」
声がした。
二人は驚いて、声のした方を見る。
「………!?下僕!?」
凜が声を上げた。
龍彦も目をみはる。
「………生きていたのか」
「勝手に殺すな!」
レイが間髪入れずに言い返す。
龍彦は不機嫌そうに言った。
「今度は邪魔しないでくれるかな」
その声には昼間と同等の、いやそれ以上の迫力がある。
レイは思わず後ずさった。
凜が口を開く。
「心配いらないわ。私がさせないから」
「そうか」
龍彦は満足気に頷く。そして日本刀を構えた。
凜もカッターナイフを構える。
先に動いたのは凜だった。
軽い音を立ててカッターナイフと日本刀がぶつかり合う。
カッターナイフの刃の部分が折れた。折れた刃が地面に転がる。
龍彦はそれを見逃さない。次のカッターナイフを取り出そうとする凜の懐に突っ込んでいく。
凜は取り出したカッターナイフを数本同時に構え、それをやり過ごす。しかし、またもやカッターナイフの刃が折れてしまった。
「………そんなもので僕に勝てると本気で思っているのか?」
龍彦が呆れたように笑う。
再び双方がぶつかり合い、またカッターナイフの刃が地面に転がる。
凜は舌打ちした。
このままでは、カッターナイフがなくなってしまう。
なんとしてでも、早く決着を着けなければならなかった。
凜がよろける。
「!」
凜が地面にしりもちをついた時、彼女の首もとには龍彦の日本刀が突きつけられていた。
「っ」
龍彦の顔に笑みが広がる。
「終わりだ。さよなら、神田凜センパイ」
龍彦が日本刀を振り上げる。
しかし。
「………まだよ」
凜が微笑んだ。彼女はそのまま横に転がると、落ちていたカッターナイフの刃を数本まとめて手に取って、龍彦に投げつける。
「!?」
反撃を予想していなかった龍彦は避けられない。
凜が投げたカッターナイフは、龍彦に全て刺さった。
「ぐっ………!」
呻き声を上げて倒れる龍彦。
凜の手のひらからは、カッターナイフで切ったのか、血が出ている。
決着が着いた瞬間だった。