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Good-bye my days.  作者: 野々村竈猫
2/7

奇跡

 公園にやってきたボクらは駐輪場の脇にあるコンクリートの壁のところに立った。

 ボクは彼女の写真を六条さんに手渡した。登山に出かける日の朝にボクが撮影したものだ。

 まさかこれが最後の写真になるとは、ボクらは思ってもいなかった。


 「彼女のお名前は沢渡さんでしたっけ?」


 六条さんが尋ねる。


 「沢渡 舞です」


 六条さんはじっと写真を眺めた後、琥珀色の結晶を取り出した。

 コンクリートの壁に当たるたびに小さな光がキラキラとまばゆい。

 すこしづつ描かれてゆく、舞。

 さらさらしたロングヘア、それをまとめるバンダナ。白いTシャツ。袖から伸びる、

細くて華奢な腕…。

 

 「六条さん」


 「はい?」


 「その目元のほくろは描かないでおいてくれますか?」


 「え?」


 「彼女、気にしてたんです。それ」


 六条さんはちょっと考えた後、描きかけの赤い点をごしごしと消した」


 軽い摩擦音を立てながら、彼女をなぞり続けるチョーク。タイトなジーンズに、

スニーカー。

 輪郭が仕上がり、細部を描き始める。


 「そのチョーク、どこから来たんでしょうね」


 「私にもわかりません。いつの間にかポケットに入っていたんです。でも多分…」


 少し黙って、丁寧に舞の目元のあたりを書き終えると六条さんは言葉を続けた。


「わたしの念のようなものが、具現化したんじゃないかと思うんですよ。

 あの頃は仕事もお金もなくて、食べるものさえ事欠いていましたから。

 その欲みたいなものが、こういう形に結晶したのかなと。

 想像ですけどね…」


 舞の姿に陰影がつけられ、立体感が増してゆく。


 「だから、こうして自分の利己心じゃなく、他人のためにこれを使うことで

 私自身、このチョークの呪縛みたいなものから逃れられる気がしたんですよ」


 ボクは本当にそうかもしれないと思った。六条さんの青白い顔に少しずつ赤みが差してゆく。

 それと同時に壁の中の舞にも命が宿ってゆくように見えた。

 チョークが残り少なくなり、空が少し筒色を変え始める頃。絵が描きあがった。


 ボクらは1,2歩後へ下がる。

 壁の上に琥珀色の光が霧のように密度を持つと、形をとった。

 風が懐かしいに匂いを運ぶ。そして。

 階段を踏み外したときのように、よろよろ、っと2次元の世界からこちら側へ

1歩が踏み出された。


 「舞!」


 「????」

 きょとんとした彼女はしばし目をぱちくりさせる。


 「あれ?え、と。宮本君?ここ、どこだ、っけ、な?」


 六条さんがせかすように言う。

 「早く。もうすぐ夜明けだ。注意すべき事は分かってるね」


 「ええ、お話では日の光に当てると元に戻ってしまうんでしたね」


 「そう。チョークは君にあずけておくよ。私にはもう必要のないものだから。

きっと何かの役に立つよ」


 「六条さん本当にありがとうございました!舞、急いで!」

 ボクは”はてな”マークを飛び回らせている舞子の細い腕を取って、走った。


 「あわわわ~っ!」


 ほとんど宙に浮いたような状態で走る、舞。


 今日の最初の日の光がアパートを照らす前に、何とか舞をつれてドアを

閉めることが出来た。しかしまだ部屋のあちこちから日が漏れている。

ボクは思わず彼女をベッドルームへ押し込むと、シャッターとカーテンが

下りていることを確認する。


 「舞!太陽の光に当たらないようにベッドにもぐっていて!」


 ボクはドアを閉めると、リビングの窓のシャッターを閉じ、キッチンの窓を

通販のダンボールとガムテープでふさいだ。そして玄関の明り取りの窓。

これでとりあえずは大丈夫。


 ベッドルームの照明をつける。


 「舞、大丈夫だよ。もう出てきてもいいよ」


 舞は、そおっと毛布から顔を出すとベッドの上に正座をした。


 「宮本君、そこに座って」


 「あ、うん」


 ボクも思わずベッドの下に正座をした。


 おもむろに舞は話し出した。


 「わ、わたしの人生で初めて宮元君と手をつないだこと。宮本君のアパートに

入った事。そして、ベッドルームで二人っきりという事。この状況を、どう説明

してくれるの?」


 と、ボクら二人は顔から火を吹かんばかりに赤面した。


 ぽん!と頭から湯気が上がったに違いない。


 「え、ええと…ちょっと話すと長くなるんだ」ボクはうろたえた。

 「とりあえずコーヒーでも入れるから、待っててくれる?」

 「う、うん」


 もそもそ。再びベッドにもぐりこむ舞。


 「どうしたの?」

 「宮本君の匂い~…」

 「嗅がなくていい、嗅がなくていい」


 と、今度はなにやらベッドの下をごそごそ。


 「今度は何?」

 「健康な男子のベッドの下にはお宝があるという伝説が」

 「ないから、ないから」


 帰ってきた。まごうことのない舞が。

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