世界が終わる話をしよう。
「今日で地球は終わります、さようなら。そう宣言されてもなお"地球の何処か"へ逃げようとする人を見て、君はどう思う?」
大きな影に覆われた丘の上。2人の人間が街を見下ろす。
視線は街に向けたまま、男が問いかける。
同じく視線は街に向けたまま、隣にいた女はくだらないと言うように吐き捨てた。
「無様ね」
くつくつと笑う男に怪訝な顔を向けた。
しかし男が女に視線を向けることはなく、何が面白いのか1人で笑いを堪えようとする。
「本当は君だって必死になりたいくせに」
「否定はしないわ。私だって無様に逃げ場を探してなんとしても生き残りたい。死にたくなんてない。でも……希望が持てないのだから仕方ないでしょう」
「正直なんだね」
「今更上辺を飾ってもなんにもならないわ」
「確かに。で、そんな君が何故こんな所にいるの?」
「希望が持てないから。諦めたから。だから、最期に自分が終わる原因をゆっくり眺めようかと思っただけよ」
「そう」
「貴方はどうして……」
逃げようとも生きようとも思っていない様に見える男は、だからといって諦め絶望しているという風には見えなかった。
むしろ現状を楽しみ、受け入れている様に思える。
「君とおんなじだよ、って言ったら……信じる?」
初めて女の方を向いた男は、ニコニコとまだ幼さの残る顔に笑顔を貼り付けた。
「信じるも信じないも……今日初めて会った人のことなんて、そもそも知るわけないでしょう」
「ふふ、そうだね。じゃあ自己紹介しよう。始めまして、そしてさようならお姉さん。俺はジェーン・ドウ。立派な日本人だよ。ここにはね、見に来たんだ。逃げる人達を」
「あら、素敵な偽名と目的ね、田中太郎さん」
有難うと興味なさ気に言う男は、既に町の方へ視線を戻していた。
「どのくらいの大きさだか忘れちゃったんだけどさぁ」
そう前置きをして男は語りだした。
逃げる人々を楽しそうに眺めながら。
「地球の10分の1程度の隕石と衝突したら、地球はマグマの星になっちゃうらしいんだよね。つまり、地球上の何処にも逃げ場なんてないんだよ。だから受け入れるしかないんだ。自分の死と人類の滅亡を」
声が口から漏れ出して、楽しそうな笑いが響く。
クスクス、ッフフ、アハハ、アハ、アハハハハ、アッハハハハハハッハハハ ハハ アハハハ ッハハ ハハハハハ ックク アハハハハハhhhhh
「気がふれたのかしら」
「ふふっ……やだなぁお姉さん。違う、違うよ。俺は狂ったんじゃない、元から狂ってたんだ。俺は元々ネジが緩いんだ。だからここに居る。皆が怖がる現状が嬉しくて楽しくて仕方ない。隕石が落ちてきて、地面が溶けて。熱い空気を身体いっぱい吸い込んで、肺もそれ以外も全部溶かしちゃて。何かを感じる前に逝っちゃって」
まぁ、痛みも苦しみも感じられるならそれでいいけどね。そう付け足してから、男はもう一度女の方へ顔を向けた。
人差し指で女の左胸を指し、笑う。
まだ幼さの残る顔に良く似合う無邪気なそれは、この状況にもその台詞にも全く似合わない。
「真っ赤な血液みたいな真っ赤なマグマと混ざり合って、地面も、植物も、動物も、人間も、全部ごちゃ混ぜで全部全部ぜーんぶ、一緒になる。素敵だと思わない? 今俺らが眺めてる人たちも、俺も、お姉さんも、一緒」
「……気持ち悪いわ」
「そう。それは残念」
ゆっくりと人差し指を下ろし、視線を戻す。
地面が唸り声を上げ、人々の叫びが大きくなる。
不気味なほど静かにゆっくりと進んでいるように見えていたそれは、絶望する間もなく全てを呑み込んだ。
植物も、動物も、人間も、何もかもが――なくなった。
―END―