クラゲの詩(3)
時刻は夜の11時を回ろうとしている。公園にはいつの間にかG-BOPのメンバーが10人以上集まっていた。だからといってメンバー全員で何をする訳でもなく、各々が好きなように話したり踊ったりスケボーしたりしているだけなのだが。
そしてシュンはと言うと、未だにタカ、ヒナと飽きもせずに会話を続けていた。
と、そこに、今まで別のグループの会話に混ざっていた1人の少女がその輪を外れ、シュンたちの前に現れた。
「あれ、タカにシュン、ヒナちゃんも。来てたんだ」
それは、シュンの高校時代の先輩でもあり、また彼の憧れの存在でもあるユキという少女だった。
彼女はタカとともに、彼のことをクラゲではなくシュンと呼んでくれる数少ない人物だった。
たったそれだけのことで、彼にとってその相手は尊敬すべき相手へと昇華される。
シュンがユキに憧憬の念を抱いている理由は、それだけではない。
少し化粧は濃い目だが、その大きくパッチリとした瞳に、整った顔の造形。出るとこは出て、引っ込むところは引っ込んでいるという理想的なプロポーション。ミルキーブラウンの長い髪はサラサラと綺麗で、誰にでも分け隔てなく優しく接する美しい心を持つ彼女は、シュンにとって正に理想の女性像だったのだ。
(ユキさん、今日も綺麗だな)
「ん?どうしたの、シュン。そんなに見つめないでよ、照れるからさ」
そういってはにかみながら顔を隠すユキを、シュンは素直に可愛らしいと思った。
しかし、ユキはその数秒後には顔を上げ、タカの方に向き返った。
「あ、タカ。そう言えば、会長から伝言」
「ん、なんだって」
「今日はここには来れないんだってさ」
「マジ?俺、ユウシに相談あったんだけどな」
ユウシとはサークルの会長の名前。会長を呼び捨てに出来るのはサークル内ではタカとユキくらいである。というか、このサークルの発足メンバーがその3人なのだ。
しかし、シュンにしてみればそんなことは関係なく、ユキが他の男──それが例え尊敬するタカであろうと──と仲良く会話している様は、見ていて気持ちのいいものではなかった。
「……お〜い、クラゲ〜。無視しないでくださ〜い。クラちゃ〜ん、クラち〜ん」
これはヒナの声。それでようやく、シュンは自分がタカとユキの会話に見入ってしまっていたことに気が付いた。
「な、なんだよ」
「なにクラちゃん、なにボーッとしてんの」
「ごめんごめん。何だっけ」
「だからさぁ、会長ってカッコいいよねって話」
会長──。
シュンは、数え切れる程の回数しか会長に会ったことはなかった。にも関わらず、彼は鮮明に会長のことを覚えていた。
有名なブランド服とゴツイアクセサリーに身を包み、いつも大きなサングラスをしている。身長は180あるかないかくらい。身なりで言えばそんなに特徴的な訳ではない。
しかし、シュンは彼に言い様のないオーラのようなものを感じていた。
権力者の前ではいつもヘラヘラと笑みを絶やさないシュンでさえ、彼の持つ空気感に気押されて固まってしまったほどだ。
それに敢えて名前をつけるとしたら──カリスマ性、とでも言うのだろうか。
確かに、ヒナが彼のことを誉めるのも頷ける話。特に、ヒナくらいの年代──10代後半──の少女が、そんな彼に憧れを抱くのは当然と言えば当然だった。
「なに、ヒナ。会長のこと好きなの」
「ん、もう。ただカッコいいよねって言っただけでしょ。すぐ好きとか嫌いに結びつけないでよ」
ヒナは苦笑いを浮かべながら言った。
「そういうクラちゃんは、好きな子とかいるの」
ニヤニヤとからかうような笑みを浮かべながらそう訊いてくるヒナ。
「べ、別に」
「当ててあげよっか」
へへ、と小さく笑って、彼女はシュンの耳に口を近付ける。
「あんたの好きな人、ユキさんでしょ」