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楽な方へと逃げ続けた男の末路は

掲載日:2026/04/16

「フィオ、この度はあろうことか我が愚息が、貴女に対し筆舌に尽くし難い非礼を働いたこと……大変申し訳なく思っております。王家の名を汚すに等しきこの醜態、何度詫びても足りないわ……ほら、お前たちも頭を下げなさい!」


 そう告げる王妃殿下の右手には、国王陛下の頭が……。そして左手にはつい先ほど()()()()となったカッシーニ殿下の頭が。王妃殿下は二人の頭を鷲掴みにし、無理矢理首を垂れさせる。

 王妃殿下といえば、いつも微笑みを絶やさない……国中の女性から聖母のようだと崇められている存在。まさかそんな女性があの細くしなやかな腕で、大の男二人を力づくで言うことを聞かせている、という事実。第三者から見れば、目を疑う光景だと思われる。


 けれどもフィオレンツァ(フィオ)は、そんな異常な状況の中で悠然と三人の前に佇んでいた。

 むしろ心の中では王妃殿下に拍手喝采を送っている。そして敬愛している王妃殿下の新たな一面を見た彼女は、心の中の備忘録にそれを記した。これを見られただけでも、彼女は元婚約者に感謝を述べたいくらいだ……いや、調子に乗ると思うので、一生伝えることはないが。

 

「王妃殿下、そこまでは……」


 隣でフィオレンツァの父であるヴァレンティーノ公爵は、王妃殿下を宥めるように声を掛ける。それと同時に、目尻を下げた彼はフィオレンツァへと顔を向けてから、顎を僅かに動かしてこの状況を打開するように、と指示を出す。

 

 もう少しこの情けない元婚約者の姿を見ていたかったが、仕方がない。

 この男の行動は、大問題を引き起こす一歩手前まで来ていたのだから。


 カッシーニの顔を見て、苦労が思い起こされる。

 表面上は涼しい顔をしているフィオレンツァだったが、先ほどとは一転し内心では胸を掻きむしりたいほどの怒りが沸々と湧いて出てくる。だが、この場で感情を曝け出すことはできない。


 ここは応接間。

 王家以外にはフィオレンツァとヴァレンティーノ公爵、そして宰相と彼の息子であるメルクリオの七名。カッシーニの浮気相手以外の当事者しか呼ばれていないが……内側に燃え盛る炎を内包しながら、公爵家の令嬢に相応しい姿を保ち続けながら、フィオレンツァは父の言葉の意を汲み取り軽く頷く。そして口を開こうとしたのだが……その前に王妃殿下の右側から、小さな呟きが聞こえた。


「すまなかった……」


 国王陛下である。彼が謝罪させられているのは、息子を止めなかったこと、再三の婚約白紙要請に耳を貸さなかったことであった。


「すまなかったではありませんわ。貴方が私やヴァレンティーノ閣下や宰相閣下の進言を聞いていれば、こんなことにはなりませんでしたのに。のらりくらりと躱してきたツケが回ってきたのではありませんか?」

 

 王妃殿下の正論に、国王陛下はどんどん肩身が狭くなっているのだろう。

 婚約を白紙撤回できるのは、陛下だけなので。

 私は感情を悟られないように微笑みを浮かべながらも、心の内では王妃殿下の追撃を応援していた。


 そして、次に槍玉に上がるのは左側の男……元婚約者カッシーニである。

 

「お前もお前ね。今まで尽くしてくれたフィオに対して、浮気した挙句、仕事を押し付けて自分は浮気相手と放蕩三昧。そして挙げ句の果てには、浮気相手の嘘を信じて証拠集めすることもせず、学園で行われたパーティーでの婚約破棄。しかもその理由は全て冤罪。公的な場を私物化した上、証拠もなしに王命で決められた婚約者との婚約破棄を宣言する……お前は謀反でも起こしたかったのかしら? バカじゃないの? 何様のつもりかしら?」

「……」

 

 母の言葉に二の句も継げないでいたカッシーニ。彼はそこまで把握できていなかったのだろう。すでに顔から血の気が引いており、顔面蒼白になり始めている。ここで「王太子だ!」と言わなかっただけ、良かったのかもしれない……。

 一方で被害者のフィオレンツァ。彼女は王妃殿下の言葉に胸がすくような思いだった。許されるのであれば、よくぞ言ってくれた! と称えたいほどだ。


「あの娘は公爵令嬢であるフィオに冤罪を被せた上、お前を誘惑して国を混乱に陥れた……そうね、国家転覆罪あたりが適用されるでしょうね。男爵家もそれを止められなかった連座でお取り潰し。今頃仲良く平民犯罪者の檻の中でしょう」


 まさかこの場で男爵令嬢の話題に言及すると思わなかったフィオレンツァは、王妃殿下の顔を窺う。すると彼女は口角を上げてフィオレンツァに微笑んだ。そんな二人の様子など目に入っていないカッシーニ。

 

「そんな……! ミユルカが……」


 思わず叫んだ彼を、王妃殿下は睨みつけた。


「あら、お前はそこまで考えられなかったと言うの? やはり王族失格ね……フィオ……いえ、フィオレンツァ。本当に我が王家が貴女をぞんざいに扱い、このような事態を引き起こしてしまったこと、お詫びの言葉もございませんわ」


 再度両手に力を入れて、王家全員が深くお辞儀をする。流石に幾度となく謝罪をされる居心地悪さを感じ始めていたフィオレンツァは、すぐに口を開いた。

 

「王妃殿下、頭を上げてくださいませ。止められなかった私の力不足でございますので」

「そうだ! お前が止めれば――ぶへっ」

 

 きっとカッシーニはこの状態が不満だったのだろう。唾を飛ばさんとする勢いで顔を上げ、フィオレンツァを罵り始めようとしたが……その瞬間、王妃殿下の肘打ちが、彼の頭に炸裂した。それが急所に入ったらしく、彼は頭を抱えてうずくまる。

 

「母上! 何をするのですか!」

「お前はバカなの? そもそもお前が婚約者であるフィオを大切にしていれば、こんな事は起きなかったのよ? どう見てもお前が原因じゃない。それをフィオのせいにするなんて、お前はやはり頭が足りていないのね。それに何度お前に私やメルクリオ、フィオが提言したか……」


 王妃殿下は息を長く吐いてから、表にいた近衛兵の一人を呼びつけ殿下を手渡した。そして彼の口を手で押さえ、拘束するよう指示をする。

 

 ……本当に王妃殿下の話す通りである。

 カッシーニの声が聞こえなくなると、フィオレンツァは不意に肩の力が抜けた気がした。やはりどこか緊張をしていたようだ。その微細な変化を察したのか、後ろからメルクリオが彼女の肩に手を乗せる。

 感謝の意を込めて、彼に笑いかけるフィオレンツァ。その姿をカッシーニは信じられないような者を見る目で見ていた。


「そもそもこの婚約が締結した理由は、お前が『フィオと婚約したい』と話していたからじゃない! それをお前は『公爵家の圧で婚約が成った』と嘘を吹聴していたのでしょう? その話を聞いて、私はお前に殺意を抱いたわ」

 

 母親の言葉を聞いて、カッシーニはさらに大きく、大きく目を見開いた。まるでさもその事実を思い出した、と言わんばかりの表情だ。


「元々フィオとメルクリオの二人の婚約がまとまっていたにもかかわらず、横槍を入れたのはお前よ? 別にこちらはフィオと婚約を結ばなくても問題なかったのだから。二人を引き裂いたのはお前だし、メルクリオの分までフィオを大事にしなくてはならなかったのよ……それをお前は……!」


 彼は、何度も瞬きをした。その事実は初耳だったからだ。カッシーニはメルクリオとフィオレンツァを交互に見る。

 二人は笑みを浮かべて立っているが、その笑みが余計に二人の思考を読み取るのを妨げた。完璧な二人の笑顔の前で、カッシーニは一度身震いする。


 彼は今更何故この婚約を結んだのかを思い出した。

 当時メルクリオとフィオレンツァの二人は非常に仲が良かった。それを見て、彼は嫉妬していたのだ。心の奥底で、フィオレンツァがメルクリオに惹かれているという事実に気がついていたから。

 彼もフィオレンツァに、メルクリオに向けるような笑顔を見せてほしい……そう願っていた。だから、すぐにフィオレンツァと自分が婚約したい……と父に直談判し、婚約をもぎ取っていたのである。


 だが、実際フィオレンツァは微笑んでくれるが、メルクリオに向けるそれではないことも気づいていた。もちろんフィオレンツァが、カッシーニとメルクリオを区別していたわけではない。

 それに彼女だってメルクリオに対する恋心を封印し、カッシーニと良い関係を続けることができるよう尽力していたのだから、カッシーニが努力をすればフィオレンツァはきちんと彼のことを好きになっていただろう。


 ――だが彼はそれを怠ったのだ。

 簡単に彼女が手に入ったことで胡座をかいたカッシーニは、フィオレンツァの心も待っていれば手に入ると思っていた。


 人間の心は、そんな簡単なものではない……というのに。

 

 そのことに気がついていないカッシーニ。そんな息子を育ててしまった自分に、王妃殿下はため息をついた。

 

「陛下、私たちの教育が間違いであったことを認めるしかございませんわ。あの者に国王陛下という地位は重すぎます。王太子位と王位継承権を剥奪し、継承権の繰り上げを進言いたしますわ」

「……そうだな」


 諦めたような表情でため息をつく国王陛下の姿に、殿下はその言葉が覆ることがないことを悟った。全身から力が抜けたのか、崩れ落ちていく殿下。やっとこの男は自分がしでかしたことを理解したらしい。

 それを見て、今まで無表情を貫いていたフィオレンツァの片眉が少しだけ上がった。その視線にも冷たいものが混じっている。その空気を切り裂いたのは、今まで拝聴していたメルクリオだった。

 

「ひとつ、よろしいでしょうか? 私は殿下を諫めることができませんでした。そのような者が、次期国王など――」

「メルクリオ」


 王妃殿下は彼の言葉を遮る。まるでその次の言葉は言わせない、と言わんばかりに。

 

「貴方の行動は皆が見ているわ。これは間違っても貴方のせいではない。王家の問題よ。こちらからすれば、今までも愚息の件で心を配っていた貴方に負担を強いてしまうことだけが、申し訳ないわ」

「……私にはもったいないお言葉です」

 

 そう告げて頭を下げるメルクリオ。それを了承と取った国王陛下は、疲れ切った表情を浮かべながらも声を張り上げた。

 

「国王として宣言しよう……我が愚息カッシーニの王位継承権並びに王太子位を剥奪。そして一ヶ月後、現在継承権第二位であるメルクリオを立太子させる発表を行う。それと同時に我が愚息の件を公表とする」

「はっ」

 

 全員が礼をとる中、宣言をした国王陛下はひとつため息をついて口を開いた。

 

「そして私も責任を取って王位をオーラリオへと譲位したいのだが……」


 今回の件が堪えたのか、国王陛下はちらりと宰相を一瞥するが……。

 

「いえ、私はすでに王位継承権を放棄している身。ここで継承権を復活させれば、貴族より不満の声が上がるでしょう。我が息子であれば、数年の猶予で譲位できるでしょうから、その点は抜かりないかと。責任を以って次代を育成すると宣言されればよろしいのです。それに、婚約者は引き続きフィオレンツァ嬢でございましょう? 何も問題ございませんよ」

「えっ」


 宰相であるオーラリオの言葉に声を上げたのはカッシーニである。

 後ろで手を拘束されてはいるが、口は先ほど手で塞がれただけだったらしい。室内に彼の声が響いた。そして、そんな事実を知らなかった、と言わんばかりの表情で間抜けな姿を晒していた。


 王妃殿下はそんな息子の様子に呆れて肩の力が抜けたのか、美しい姿勢が崩れている。

 父である国王陛下も、カッシーニを睨みつけた。


「当たり前だろう。お前有責の婚約破棄だからな。フィオレンツァ嬢に傷が付くわけなかろう? お前が言っていた『虐め』の事実も結局は冤罪だったのだからな。それにメルクリオは現在婚約者がいない。そして元々婚約予定だった事実を合わせれば、王子妃教育を受けていた彼女がメルクリオと婚約するのは普通のことだろうに」

「そ……そんな……」


 カッシーニは床に膝と手をついて項垂れる。

 どうやら、フィオレンツァと婚約した理由を思い出し、手放しがたく思っているようだ。彼は顔を上げてフィオレンツァを見つめる。その瞳は、彼の両親を説得し、自分と婚約を継続してほしい……と訴えかけているようだ。実際そうなのだろう。

 カッシーニは期待した。まだフィオレンツァにも情は残っているだろう、と考えたから。今まで自分のことを助けてくれていたではないか、今回だってきっと……そう希望を持って彼女の顔を見たカッシーニ。


 しかし、そこにいたのは……笑顔の消えたフィオレンツァだ。


 その事実に衝撃を受けた彼は、驚きから目を見開いて固まってしまった。フィオレンツァに対してまだ期待を抱いているカッシーニの姿に、呆れて物も言えない王妃殿下に代わり、国王陛下が息をつきながら彼女に話しかけた。


「フィオレンツァ。私が許す。カッシーニに対して言いたいことがあれば言うと良い」


 まさかの許可にフィオレンツァの口は半開きになるが、すぐに感謝を述べる。そして国王陛下の承諾を得た彼女は、カッシーニへと振り返った。その行動が改めて彼に期待を持たせたらしい。彼の目がキラキラと輝いている一方で、フィオレンツァの目に輝きはなかった。

 

「殿下。私は将来の王妃として、努力を続けてきました。その中には、もちろん……殿下との関係も含まれておりました」

 

 彼の目が更に大きく見開いていく。期待に胸を膨らませているのか、少しずつ前のめりになっている。けれども、彼は気づいていない。彼女の言葉が、過去形であることに。


「殿下の心が段々と離れていることは、理解しておりました。そのため……私も関係改善のために手を尽くしましたが、力及びませんでした。その点に関しては申し訳ございません」

「なら――」

「ですが」


 カッシーニは、フィオレンツァの謝罪で完全によりを戻そうとしているのだと考えた。そしてここは男らしく、彼女が自分の元に来やすいように声をかけてやらなければ、とも。しかし、その言葉はフィオレンツァによって上書きされてしまった。


 彼女が自分の言葉に被せてきたために、カッシーニは眉間に皺を寄せる。けれども、彼はフィオレンツァが婚約者として戻るのであれば、見逃してあげようと考えていた。


「その努力の結果が、公開婚約破棄……正直に申しますと、あなたに対する愛情はゼロ……いえ、マイナスでございます。殿下、今どれだけ取り繕うとしても、過去は変えられません。私は殿下と婚約破棄になって、安堵しております」

「……は?」


 自分に縋り付いてくるだろう、と考えていたカッシーニは呆けた表情を晒す。母や父に怒られていても、フィオレンツァは自分を見捨てることはない、とたかを括っていたのだ。だが実際……彼女はなんと言ったか。


「……婚約破棄して……安堵した……と?」

「はい。婚約者を大切にせず、浮気に走るとは……人として如何なものかと思います」


 カッシーニを見る彼女の瞳には、何も感情が込められていない。彼にとっては無情な……他の者からすれば至極当然の言葉。

 なんでも叶えてくれたフィオレンツァの好意に甘えていたカッシーニは気づいていなかった。

 彼女はその責任感から、彼を支えていただけということに。


「俺のことを……お前は好きではなかったのか……?」

 

 今や自分が縋りつく側になっていることすら、気がつかないカッシーニ。

 弱々しい声でフィオレンツァへと問いかけるが……。


「好き? そうですね……好きかどうか、と言うならば、正直好きではございません。私も将来共に過ごすのであれば、穏やかに暮らせたらと思っておりますので、最初は殿下を好いて、好かれるよう努力しましたが……殿下は違いますよね? 私のことを便利な道具とでも思っていたのではありませんか?」

「そ、そんなことは……」


 カッシーニは彼女の言葉をすぐに否定できなかった。最近は『仕事を肩代わりしてくれる婚約者』という認識でいたのは事実だからだ。

 

「私は常にそのように感じておりました。そのような相手を好きになれだなんて……酷ではありませんか?」


 表情を変えずにそう告げるフィオレンツァを見て、最後の希望ですら打ち砕かれたカッシーニ。彼はその後言葉を失った。

 



 カッシーニへの断罪を終えた後、フィオレンツァとメルクリオの二人は、ヴァレンティーノ公爵邸の裏庭でお茶を飲んでいた。二人の父は王宮で手続きを、母たちはメルクリオの実家である宰相家の屋敷でお茶会だ。

 そのため、二人は公爵邸でゆっくりと話をさせてもらっていた。


 カッシーニと婚約して以降、このように対面で話すことがないよう気をつけていた二人。そんな二人を遮る者はもういない。今までの時間を取り戻すかのように、会話の時間を楽しんでいると、メルクリオが少々気まずげな表情を彼女へと向けた。


「……あれで、良かったのか?」


 ティーカップに口をつけようとした彼女は、手を止める。あれ、とはカッシーニの件だろう。フィオレンツァはカップをソーサーへと置き、メルクリオを見据えた。


「ええ、良かったのよ。逆にここで()()()()()いて良かったのかもしれないわ。あの方は本当に国王として最低限上に立つための資質が全くない、ということが判明したのだから。それを自覚して傀儡(かいらい)でも良いと言うなら、周囲が支えれば問題ないのだけれど……あの方はうぬぼれが強いから、そのような扱いは無理でしょうね。最悪国が滅びていたかもしれないわ」


 まるで雑談をするような平然な口調で答えるフィオレンツァ。その言葉にメルクリオは唇を噛んだ。


「俺がもっとどうにかできていれば――」

「無理よ。あの方は唯一進言しているあなたのことを疎ましく思っていたじゃない。そしておべっかを使う他の者を重用していたでしょう? 自分を持ち上げる意見だけ聞いているだけのあの方が、何を言ったところで直すとは思えないわ」


 メルクリオは彼女の言葉に反論することができなかった。

 確かに婚約者である彼女が諌める言葉を聞くこともなく……母である王妃殿下の言葉すら聞いている体裁をとっていただけだったはずだ。


 「楽な方へ逃げたのは、あの方の選択よ。王族という立場がある以上、彼の方は『舵を取る側』になるのか……『舵を任せる側』にするのか、考えなくてはならなかった。けれども、あの人は中途半端に両方を望んだのよ」


 彼女は思い出す。

 カッシーニが関わらなくてはならない案件をフィオレンツァに丸投げされた時のことを。「全てを任せる。俺は印だけ押そう」そう告げたカッシーニ。フィオレンツァはその旨を書面にしたため、国王陛下や王妃殿下へと事前に伝えた上で、仕事に取り組んだ。

 彼が遊び歩いている間に、フィオレンツァは文官と密な連絡を取り、ほぼ決定。最後にカッシーニへと印の依頼をしたのだが……。

 しかし、彼は印を押すことなく、簡易版の計画書を見て指摘をし始める。普段文官が渡している進捗状況に関する書類も読まない、文官の説明を聞こうともしない。最後まで任せた、と全部彼女の仕事にしたそんな男が最後だけ口を出す。

 それが何回も続き、フィオレンツァにとって相当の心労だった。


 もちろん、その件に関しても王妃殿下から注意を受けているが……一向に治らない。いや、治す気がなかったのだろう。


「トンビがタカを産む、という言葉が東方にあると聞いたけれど……今回はそれの逆よ。いくら優秀な者たちの子どもであっても、その子どもが優秀であるかどうかは別だわ……そもそもあの子の()()色仕掛けに乗ってしまったのだもの。あの手の者は、幾度となく繰り返すでしょうね……修復不可能なの。だったら人前に出さない方が賢明よ」

 

 フィオレンツァは一呼吸置いた。そして顔を上げてメルクリオを見る。

 その瞳に映る覚悟の色。彼はその美しさに見惚れた。


「それに、恋人と思っている相手の本音を見抜けないくせに……何が『真実の愛』よ。ねぇミル、あなたもそう思わない?」


 ミル、と呼ばれた侍女がこちらへとやってくる。フィオレンツァと懇意である侍女なので、昔からいる侍女の一人なのだろう、とメルクリオは考えたが……背格好や顔を見ると、どうやらフィオレンツァと同年代くらいに見える。

 彼女の言葉に首が取れるのではないかと思われるほど、縦に振っている侍女。


「……君は……」


 美しい礼をとる彼女を見て、メルクリオは目を見開く。

 彼女が……背は変わらずだが、以前よりも体型や顔形が変化しているようだ。

 被害を被った公爵家に男爵令嬢ミユルカの処分は委ねられていたのだが、まさかこの場に姿を現すとはメルクリオですら考えが及ばなかった。周囲を一瞥した彼は一度咳払いした後、フィオレンツァへと顔を向ける。


()()は元々、この件をフィオに密告していたんだろう?」

「ええ。彼女の家族を人質に取られた上での行動でしたから」


 元々養女として引き取られたミユルカ。彼女は男爵家の領地内に暮らしていた平民だったそうだ。しかし、平民の通う学校で頭角を現したため、男爵家が引き取り、学園へと引き取られた経緯があった。

 飛び抜けて優秀な平民を養女にすることは、この国では比較的多い。今回も大半の貴族たちが、ミユルカの存在をそう認識していただろう。しかし、実際は男爵家が他国と繋がり、王国の機密情報を抜こうとするために彼女を利用していたのだ。


 ちなみに今回カッシーニがやらかした場所は、学園の卒業式である。


「……それでは、フィオに告げた理由は?」


 そうメルクリオに訊ねられたフィオレンツァは、視線をミルへ送った。二人の視線が一瞬交わった後、彼女は紅茶を一口含んでから話し始める。


「一番は『自分と()()()()()が殺される未来しか見えなかったから』ですって。後は誘惑が棒演技だったにもかかわらず、引っ掛かった殿下に不安を覚えたから、とも言っていたわ。彼女も最初は、殿下がわざと自分の魅了に引き込まれたのだと判断していたらしいけれど……あの方にかかわるうちに、その考えは幻想だと気づいたそうよ」


 その言葉に思い当たる節があるのか、頭を抱えていたメルクリオ。ひとつため息をつくと、彼はボソッと告げた。

 

「あいつは素直だから、人を疑うということをしないからな……」

「人としては、その部分を評価する方もいるのでしょうけれど……王族としては致命的よね」

「……すまなかったな」


 メルクリオはミルに顔を向けることはないが、謝罪の気持ちを二人に聞こえる程度の声で呟いた。ミルは彼のその行動を見て、一瞬目が見開いたけれど、すぐに元の無表情へと戻る。

 その表情を目の片隅で捉えていたメルクリオは、長い息を吐いた後口を開いた。

 

「あいつは『病気を理由に離宮へ謹慎』となる」


 その言葉を聞いて、フィオレンツァの肩が小さく跳ねる。そう、彼の行く末が悲惨なものだと気がついたから。けれども、彼女にはどうすることもできない。

 

「機密情報です、と私が告げた内容を、ミユルカ嬢へと告げてしまいましたからね……あの方も言い逃れができないでしょう」

「……」 


 二人は、現在彼がいるであろう王宮へと顔を向けた。その表情には哀しみの色がちらほらと窺える。幼馴染、と呼ばれる関係だったのだ。それがこのようなことになってしまうのは、感情を表情に出さない二人とて……心にくるものはある。


 重苦しくなった空気が辺りに漂う。感慨に耽っていた二人だったが、その空気を破ったのはメルクリオだった。彼は前触れもなく立ち上がると、フィオレンツァの元へ歩いていく。そして前で跪くと、彼女の右手を取った。

 

「……私は、君だけを愛すると誓う。今までも、これからも」


 その言葉にフィオレンツァの目が大きく開く。その言葉は昔、彼と婚約が整う直前……幼い彼が頬を染めながら告げた言葉だった。

 

 以前の時は、側から見たら二人がしどろもどろで可愛らしい光景だったと思う。

 けれども今は――


 メルクリオの堂々とした佇まいは、今までの彼の努力と積み重ねを感じる。フィオレンツァだけではなく、彼も彼女と同じように貴族として努力を重ねてきたのだ。そして穏やかな笑みには余裕を感じさせる。

 しかしよく見れば、瞳の奥は彼女に対する熱をはらんでいた。その熱は私の視線を絡め取っていく。


「この手を取ったら、一生離してあげないよ? それでもいいのかな?」


 王族のような貫禄のある、爽やかな笑み。しかし、その笑みはまるで捕食者のよう。もう逃さない、と言わんばかりの表情に、フィオレンツァの背筋に冷たいものが走る。

 

「本当は今すぐに君を……」

 

 その言葉は、途中でわずかに途切れた。彼の葛藤に気がついた彼女は、嬉しさから笑みが溢れた。


「私も、あなたを、愛すると誓うわ……いえ、死で二人を別つことはできないでしょう?」

「そうだな」


 その瞬間、一筋の風が二人の間を通り抜けていく。春の陽気を含んだ温かい風が二人を祝福しているかのよう。そんな外の空気とは対照的に二人の間には、静かに歪んだ執念を帯びた空気に満ちていたのだった。

 

お読みいただき、ありがとうございます(*ᴗ ᴗ)

以前執筆途中だったものを書き上げた作品です!

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― 新着の感想 ―
ミユルカ ミルユカ 表記が揺れてます
王妃殿下のたくましい一面が、とても素敵でした。 愛し合う二人に幸あれ!……まあ、あのお二人なら何でも乗り越えられそうですけど。
似た者国王親子。国王、さては息子のやらかしの後始末が面倒で宰相に丸投げ退位しようとしたな? 宰相や王妃の意見を受け入れるだけ父王のがマシだけど、国王の親バカが事態を悪化させたのでは。
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