第九十一話:被告は“全人類”か?――いいえ、俺は「快楽の運び屋」だ
(場所:銀河連邦・最高高等法院)
ここは銀河系の権力中枢。巨大な審判廷が虚空に浮かび、周囲には各星系から集った代表がびっしりと座っている。裁判席には、頭部が巨大な金色の天秤になっている“天秤星人”の大法官が鎮座していた。
「静粛に。」
大法官が木槌を打つと、その音は星間ネットワーク全域へ響き渡った。
「被告人:リン・アドラー(第404号惑星代理人)。」
「原告:銀河連邦・市場監督局。」
「罪状:大規模星間詐欺、空気通貨の発行、悪質マーケティングによる銀河網の機能不全。」
原告席の機械族執行官が、冷え切った声で長大なデータ列を読み上げる。
「裁判長。被告は『ブラインドボックス』と称する賭博機構を利用し、数兆単位の資金を騙取。さらに『値引き一撃』と呼ばれる悪性ウイルスを創出し、銀河系の生産効率を30%低下させました。求刑:『文明フォーマット(文明の初期化)』。」
場内がざわめいた。配信を見ている地球人たちは震え上がる。被告席のリンは、ぴしりとした黒いスーツ姿。恐怖は一切なく、むしろ微笑しながら袖口を整えた。
「異議あり。」
リンの声が拡声器を通して法廷全体に響く。
「原告が『詐欺』という語を使った時点で、それは商業芸術への侮辱だ。」
「詭弁だ!」執行官が怒鳴る。「石を掴まされた被害者はどう説明する!」
「被害者?」
リンは首を振り、陪審席――各種族の大物たちへ向き直った。
「諸君。この技術が極限まで発達し、寿命すら無限に延びた宇宙で、あなた方に最も足りないものは何だ? ――“感覚”だ。あなた方の意思決定は、すべてアルゴリズムが算出した最適解。人生は死水のように平坦で、起伏がない。」
リンは黒い盲盒を一つ取り出し、高々と掲げた。
「私が売っているのは商品ではない。私が売っているのは――“鼓動”だ!“驚き”だ!久しく忘れていた“ドーパミン”だ! 開封の瞬間、彼らは数万年ぶりの刺激を味わった。破産した?結構。私は慈善をしている。宇宙規模の“感情冷却症”を治療しているのだ!」
「暴論だ!」執行官が叫ぶ。
「そうか?――裁判長。」
リンは、あの威厳ある天秤星人を真正面から見上げた。
「あなたは毎日、絶対の公平を維持している。疲れないか? たまには……“わがまま”に、一度だけ運で賭けてみたいと思わないか?」
リンが手首を返す。盲盒は滑るように裁判長の卓上へ正確に届いた。
「贈り物だ. 中身はゴミかもしれない。だが、ひょっとすると――あなたがずっと欲しくて、買えなかった“自由”かもしれない。」
場内が凍りつく。大法官は黒い箱を見つめた。理性は没収を命じる。だが……くそ、好奇心が勝つ。
「カチッ。」
全宇宙の前で、大法官は我慢できずに開けてしまった。眩い金光が爆ぜる――! 中身は【宇宙一周・80日有給休暇券(リン提供)】。
大法官は三秒沈黙し、咳払いを一つ。
「……こほん。被告の弁論は……過激ではあるが、しかし……一理ある。」
【配信コメント】
[ ヤバい、法廷で賄賂!? ]
[ 違う、これは法廷治療だ!見ろ、法官が嬉しそうだ! ]
[ リンの舌は死人も生き返らせるわ…… ]




