第八十八話:宇宙人は盲盒(ブラインドボックス)を知らない?――“シュレディンガーの聖女フィギュア”
(場所:ステーション自由取引区・C-137露店)
ステーションには潜り込めた。だが三日で一兆スターコインを揃えるには、“龍王の入浴水”だけでは足りない。もっとえげつない手が要る。騒がしい取引区で、リンは小さな露店を構えた。並べたのは、黒い――完全不透明の金属小箱の山。
「これは何だ?」
三つの頭を持ち、全身が結晶で構成された“三体星人”が近づき、複雑なスキャナで箱を読み取る。「内部構造、検出不能。価値、判断不能。データ不明。買わない。」
理性の塊のような宇宙人は、“確定したもの”しか買わない。未知は廃品だ。
「友よ、スケールが小さい。」
リンは手を伸ばして止め、神秘的な笑みを浮かべた。「君が買うのは商品じゃない。――“可能性”だ。」
「可能性?」
三つの頭が同時に傾く。理解できない、という反応だ。
「そう。この箱の中身は、無価値な地球の石(Nカード)かもしれない。だが、ひょっとすると――」
リンは声を落とし、禁制品を捌くように囁いた。
「銀河歌姫・ゼロちゃんの未公開ボイスパック(SRカード)。あるいは聖女ジャンヌ直筆サイン入り――げふん、“限定フィギュア”(SSRカード)。さらに、宇宙唯一の【シークレット:ミニ龍王幼体の化石】(SPカード)もあり得る。価格はたったの100スターコイン。」
「理解不能。」三体星人は首を振る。「100で確率を買う?典型的な愚者税だ。期待値は負になる。」
「――そうか?」
リンは動じない。横の“サクラ”――アリスが操る偽装ロボットに目配せする。サクラが100スターコインを投げ、箱を一つ買い、その場で開封した。
――ブワッ!
金色のホログラムが天を突く。
【おめでとう!SSR当選!聖女ジャンヌ・水着限定フィギュア!】
「うわあ!当たった!市場価格一万スターコインだ!百倍だ!!」
サクラが大げさに絶叫する。演技は雑だが、効果は凶悪だった。三体星人の三つの脳が同時にフリーズした。100が10000。百倍レバレッジ。即時フィードバック。
“少額で大勝ちする”というドーパミンの槍が、数万年鍛え上げた理性の殻を貫通した。他人が儲けるのを見るほど腹立たしいものはない。
「……私も試す。ひとつだけ。アルゴリズム誤差の補正だ。」
震える手で支払う。開封。石。
「もう一つ!今のは確率の揺らぎだ!そんなはずはない!」
支払う。開封。石。
「科学に反する!確率論はこうじゃない!十個だ!!」
たった十分。理性の高等文明は、目を血走らせ、荒い呼吸をするギャンブラーに成り果てた。「全部だ!箱ごと全部開ける!シークレットが出るまでやめない!!」「止めるな!次がSPだと“感じる”!!」
周囲の異星人が雪崩れ込む。三体星人の狂乱開封という“刺激”に、彼らの理性の防火壁も次々と崩れた。「俺もやる!」「一個残せ!」「倍額で買う!」
リンは露店の奥で、瞬時に空になる在庫を眺め、隣のジャンヌに囁いた。
「な?盲盒の魔力だ。貪欲がある限り、文明の壁なんて存在しない。」




