第八十話:傲慢の終局! バアル「お前ごときが、俺の“親(おや)息子”に手を出すのか?」
(場所:深淵診療所・中央広場)
六大魔王は全員“陥落”した。踊る者、取り立てる者、BANする者、サーバーになる者、解体する者。ついに地獄最後の“看板”、七つの大罪の首位――傲慢の魔王・ルシファーが降臨する。
軍隊は連れていない。必要ないと信じているからだ。黒い羽根が吹雪のように降り、太陽を覆い隠した。十二枚の堕天使の翼。美貌は妖しく、視線は冷淡。彼は宙に浮かび、下の“裏切り者”たちを見下ろした。
「……役立たずどもめ。些末な利で地獄の尊厳を売るとは」
そして視線はリンに刺さる。「人間。小賢しいだけだ。絶対の力の前では、すべて虚構。私は手を下すのすら惜しい。――自分で終われ。それが私の“慈悲”だ」
これが【傲慢】。相手に自死を命じることすら、恩寵だと思っている。神格の威圧が山岳のように降り、アーサーとジャンヌは膝をつき、呼吸すら苦しい。
だがリンは立ったまま、膝すら曲げない。血の奥で何か古いものが沸き、威圧を嘲笑うかのように抗っていた。
「ルシファー氏」
リンはネクタイを整え、一歩前へ出て、真っ直ぐに見上げる。
「確かにあなたは強い。規則を無視できるほどに。だが忘れていないか。この診療所には――あなたの“元上司”がいる」
「上司? 笑わせる」 ルシファーは顎を上げる。「天上天下、唯我独尊。誰が私の上司だ」
その時。
「ゴホン」
年老いた、酒と煙草をくぐったような咳が、隣の警備室から聞こえた。「おい……小ルーよ」
色褪せた警備服、手には保温ボトル(枸杞入り)、腰に警棒。元・大魔王――バアルが、のんびり扉を押して出てきた。凄まじい魔力は放さない。ただの“守衛のおっさん”みたいに、まぶたを半分だけ上げ、空のルシファーを見た。
「何千年ぶりだ。翼が増えたのはいいが……鼻の穴で人を見んのが癖になったか?」
ルシファーの身体が硬直した。傲慢の気配が、針で刺された風船のように――一瞬でしぼむ。彼は信じられない顔で見下ろす。魂に刻まれた恐怖が、喉を締め上げた。
古代神話の時代、ルシファーが堕ちたばかりの小僧だった頃から、バアルはすでに地獄の王だった。当時のルシファーは、バアルの下で書類を回し、茶を運ぶ“文官”にすぎない。――伝説の【職場血統圧】である。
「バ、バアル……様……!?」
ルシファーは空から落ちるように降り、十二の翼を畳み、片膝をついた。冷汗が流れる。「なぜ……ご健在で……? それに、その格好は……」
「老後だよ」 バアルは保温ボトルを開け、一口飲む。「ここは飯も寝床も出るし、テレビもあるし、ゲームで脅かし放題だ。地獄のクソ田舎より百倍マシだ」
そしてバアルは、リンを指差した。声色が変わる。上古の魔神が見せる“護り”の冷たさ。
「さっき……お前、俺の“親息子”に自殺しろと言ったか?」
「……は?」
ルシファーは震えながら、バアルとリンを見比べた。理解が追いついた瞬間、背筋が凍った。だからリンは威圧に耐えた。だから魔王たちを従えられた。――こいつの血に、最強魔神バアルの直系が流れている。真の地獄の皇太子だ。
「誤解です! 全部誤解!!」 ルシファーは秒で“高冷覇王”から“平伏する子分”へ変貌し、頭が地面にめり込みそうな勢いで叩いた。
「少主とは存じ上げず! この身こそ万死に値します! 少主の事業なら――それは、私の事業でもあります!」
彼は忠誠を示すため、空を指して叫ぶ。「今後、診療所に手を出す者は――このルシファーが許さぬ!!」
リンはその光景を見て、肩をすくめた。「……親の力ってこういう感じか。心理学で片付けたいところだが、血統圧のほうが速いらしい」
こうして、地獄の七大魔王は全員“陥落”。深淵診療所は正式に【深淵・跨位面総合グループ】へ改称された。リンは屋上に立ち、下で働く魔王、古神、巨龍たちを見下ろす。世界が静かになった。「……これで、もう敵はいないよな?」
伸びをして、ようやく休暇を楽しもうとした、その時。祝勝会の真っ最中――夜空の月が、奇妙に……“瞬き”した。比喩ではない。白い月面の巨大クレーターが裂け、機械と光ケーブルで組まれた、半球を覆うほどの“巨大全電子眼”が露出した。
冷たく、感情のない機械放送が、大気を貫いて世界中の脳内へ叩き込まれる。
【警告:コードネーム“Cradle(揺籃)”惑星。】
【“地獄因子”と“古神因子”の異常融合を検知。】
【判定:当文明は“脱獄”リスクを獲得。】
【実行:浄化プロトコル起動。月面要塞――偽装形態を解除。】
リンの笑みが凍った。彼は見上げる。ゆっくり変形し、無数の黒い砲口を露わにする“機械の月”。――数千年、人類はずっと銃口の下で暮らしていたのだ。本当の敵は地下ではない。天にいる。
【システム通知(リンの自己認知):主線任務更新――“診療所経営”→“惑星脱獄”】




