第六十九話:教廷改組!――“贖罪券”が“心理相談カード”になる
火がリンを飲み込もうとした、その時。
「やめろ――!!」
眩い白の剣光が走った。リンの鎖を断ち切り、同時に――教廷を千年縛ってきた腐った教条をも断ち切る。
斬ったのは、聖女ジャンヌだった。
彼女は“穢れを見ぬ象徴”の目隠しを外し、涙を湛えながらも、揺るがない瞳をさらす。
「もう……取り繕うのはやめる!」
ジャンヌはリンの前に立ち、枢機卿へ、世界へ叫ぶ。
「毎日水煮の野菜だけとか、もう嫌!!聖潔のふりをするのも、もう嫌!!」
「私はフライドチキンが食べたい!コーラが飲みたい!イケメンのダンスが見たい!!」
「それが堕落なら、堕ちてやる!だって――それが“生きてる”ってことだから!!」
轟――!
その叫びが、信徒たちの抑圧に火をつけた。
「俺も肉が食いたい!」
「俺も動画が見たい!」
「禁欲なんてクソくらえ!自由をよこせ!」
厳粛だった審判は、一瞬で狂宴の海になる。枢機卿は暴走する群衆を見て白目をむき、そのまま気絶した。
……三日後。
聖都は滅びなかった。むしろ――“新生”した。
リンは教皇の玉座に腰掛けていた(教皇は引退し、深淵老人ホームでチェスに没頭中)。
手には『聖教廷 資産再編プラン』。
リンは、隣でファミリーサイズのフライドチキンを貪り、口から油を垂らすジャンヌを見て微笑む。
「ジャンヌ。教廷は解体しない。人は信仰を必要とする。心の拠り所はいる」
「だが――“ブランドを作り直す”」
「本日より――」
告解室 → 【心理相談室】へ改名
信徒は罪を告白するのではなく、ストレスを吐き出す。修道女は専門的にメンタルケア。
祈り → 【瞑想&マインドフルネス療法】へ改名
神に跪くのではなく、内なる静けさを取り戻す技法に。
贖罪券 → 【深淵VIP 心身健康メンバーズカード】へ改名
チャージで優先相談・特典付き。
「そして、聖女殿下」
リンはジャンヌを指差す。
「あなたはもう、崇めるだけの神像じゃない」
「深淵診療所の“イメージ大使”兼“トップ飯テロ配信者”だ」
「毎日カメラの前で、笑ってフライドチキンを食べろ。欲望は恥ではない。“幸福”こそが神の恩寵だと――世に示せ」
「もぐもぐ……(咀嚼音)……了解っす、ボス!」
ジャンヌは口いっぱいに頬張ったまま、曖昧に敬礼した。
かくして聖教廷は、深淵診療所の“精神健康支部”として再編された。
すべては完璧――に見えた。
だが。
リンが束の間の余韻に浸ろうとした、その時。
胸元にしまっていた、メルリンから手に入れた【欠けた世界地図】が、突然熱を帯びた。
地図の端、世界の外縁にある【未知大陸】。黒く塗り潰されたその墨が――生き物のようにうねり、広がり始める。
粘つく、歪んだ、言語にならない“囁き”が、空間を裂いてリンの脳髄へ染み込んだ。
それは魔法でも、科技でもない。――ただ、不可名状。
【警告:高次汚染源を検知。】
【警告:古きもの(The Old Ones)が覚醒中。】
【彼らは……飢えている。】
リンは地図を見つめ、眼鏡を押し上げる。恐怖はない。むしろ、瞳に愉悦が灯る。
「……ようやく来たか」
「人を片付け、神を片付け、機械も片付けた」
「次は――“名状しがたい連中”の脳を、CTにかけてやる番だ」




