第六十二話:勇者日報の中傷?――なら、全員に“魔導端末”を配ってやる
(場所:人間諸国・各大都市)
「号外!号外だ!」
「深淵診療所は魔窟だった!リン・アドラー、ドラゴンを奴隷化!」
「大スキャンダル!エルフ女王、借金返済のため身売り強要!真相があまりにおぞましい!」
朝日が街路に落ちた瞬間、路地も大通りも新聞売り子の叫びで満たされた。勇者協会はリンを完全に潰すため、持てる“メディア資源”を総動員したのだ。
油墨臭い『勇者日報』の一面では、リンは牙をむき、骨までしゃぶって人を食い尽くす悪魔として描かれ、深淵診療所で“働く”ドラゴンとエルフは、涙を流す哀れな被害者として描かれていた。世論は大荒れ。深淵診療所の受診を予定していた貴族たちは一斉に腰が引け、予約数は一夜で**80%**暴落した。
「院長!腹が立ちます!」
吸血鬼女王カミラが新聞を粉々に引き裂き、目を赤くして吠えた。「全部デマ!特に“私が期限切れの鴨の血を飲まされた”って記事、吸血鬼の尊厳への侮辱よ!新聞社、燃やしに行く?」
「新聞社を燃やす? いや、カミラ。それは野蛮人の発想だ。それに一社焼いたところで、二社目が生える。」
リンは広い社長椅子に腰を沈め、例の新聞を指先でつまみ、そこに載る稚拙な漫画を眺めた。怒るどころか、まるで“骨董”を見るような目をしている。
「連中は“新聞を握れば真実も握れる”と思っているのか? 一方向で、遅くて、字が読めないと届かなくて、尻を拭くにも硬すぎる――そんなゴミ媒体は、とっくに歴史のゴミ箱行きだ。」
リンは新聞をゴミ箱へ放り投げ、指を鳴らした。
「アリス。在庫は?」
「院長に報告します。」S級機娘の瞳にデータ流が走る。「シリコン基盤ギルドのラインは三日間フル稼働。【魔導端末・黒曜石パッド(Obsidian Pad)】在庫:五千万台。」
「上出来だ。」
リンは立ち上がり、窓辺へ歩く。外には、出動準備を終えたドラゴン輸送隊――“配龍”編隊がずらりと並んでいた。
「なら、まだ“紙媒体の時代”に居座っているこの世界に――ちょっとした“モバイル・インターネットの衝撃”をくれてやろう。」
……その夜。無数のドラゴンが夜空を裂いた。火を噴くのではない。大陸の全ての村、全ての都市へ――手のひらサイズで、漆黒に艶めく極薄の石板を、精密投下していく。
翌朝。農夫も、傭兵も、乞食ですら、その板を拾い上げると、発光する文字が浮かび上がった。
【無料贈呈。】
【画面をタップ――新世界へ。】
【代償:あなたは一生、これなしでは生きられない。】
最初の好奇心旺盛な農夫が、荒れた指で画面を“すっと上へ”撫で、最初の「15秒で動く短動画」を見た瞬間――彼は知らなかった。世界の歴史の進行が、その一指で完全に書き換わったことを。パンドラの箱は、開いた。




