第五十八話:最強種族? いいや――“三百歳のデカ赤ん坊”保育所だ
(場所:海外の孤島・ドラゴンバレー〈竜の谷〉)
ドラゴン。
力、知恵、財、威厳――すべてを兼ね備えた“完璧な生物”。食物連鎖の頂点に立ち、冒険者たちの心にそびえる越えられない山。
……少なくとも、伝説の中ではそうだった。
「うわぁぁぁぁぁ――!!」
天地を割るような泣き声が、リンの鼓膜を粉砕しかけた。
竜の谷、金貨で埋め尽くされた中央広場。全長五十メートル、硬い赤鱗に覆われた成体のレッドドラゴンが――四つ足を天に向けて、地面でゴロゴロ転げ回っている。
泣きながら、巨大な尻尾で地面をバンバン叩きつける。小規模の地震が発生した。
「やだ!やだぁぁ!」
「パパ!あのキラキラの青い宝石がほしい!隣の小黒は持ってるのに!なんで僕にはないのぉぉ!?」
このレッドドラゴン、年齢三百歳(人間でいう青年期)である。一息で都市を焼き払えるブレスを持つ――にもかかわらず、やっていることはスーパーの入口で寝転がって駄々をこねる三歳児そのもの。
その傍らで。人型に化けた竜王バハムート――威厳ある黒ローブをまといながら、頭は白髪だらけの中年オジサンが、情けない顔で必死になだめていた。
「いい子だから……泣くな……うちはもう金がないんだ……」
「先月のお小遣いで金の山を一つ買ったばかりだろう……?」
「知らない!ほしい!くれなきゃ断食する!家出するもん!!」
レッドドラゴンは鼻水混じりの火を噴き、さらに大暴れする。リンは眼鏡を押し上げ、その不条理な光景を眺めた。
「竜王陛下。これが……あなたの言う『種族危機』ですか?」
バハムートは顔を赤くし、重いため息を吐く。
「……そうだ、リン先生。認めたくはないが、我ら竜族の新世代は……終わっている。」
「強すぎて、金持ちすぎて、寿命が長すぎた。」
「子どもたちは生まれた瞬間から金貨の海に浸かり、食事は口に運ばれ、衣は着せられる。」
「その結果、島の“五百歳未満”の竜の八割が、飛ぶことすらできない(疲れるのが嫌だから)。狩りなど論外だ。完全な“親のすねかじり”になった。」
リンはカルテを取り出し、ずしりと診断名を書き込む。
【集団性・重度依存型パーソナリティ障害】
俗称:巨大赤ん坊症候群。
「陛下。これは危機ではありません。」
「溺愛が招いた“退化”です。」
リンはカルテを閉じ、目の色を変えた。
「依頼を受けた以上、私のやり方で治療します。」
「ただし――先に言っておきます。」
「治療は、少し……残酷になります。」




