第五十五話:不老不死でも“容姿不安”はあるのか?
女王は白目をむき、毛布を引き寄せる。
「自殺で結構。生きても退屈。医者、用がないなら下がって。寝る。」
「退屈?」
リンは下がらない。指を鳴らす。
「アリス。全息巨幕を展開。あの映像を流せ。」
「了解。」
世界樹の前に巨大スクリーンが点灯する。
映ったのは風景ではない。
“深淵ファッションウィーク”のダイジェスト。
サキュバスが最新のヴィクトリアズ・シークレット風下着でランウェイを歩き、吸血鬼貴婦人が限定口紅とバーキンで見せびらかし、ゴブリン成金がスポーツカーで爆音を鳴らす。
死んだ目のエルフたちの眼球が、わずかに動いた。
リンはマイクを持ち、甘い毒の声で言う。
「エルフ諸君。君たちは自分たちを“世界で最も完璧な種族”だと思っている。」
「だが外を見ろ。」
「粗暴な獣人ですら最新の魔導スマホを持っている。強欲なゴブリンは限定バッグを背負っている。」
「それに比べて君たちはどうだ?」
「何百年前の服を着て、埃まみれ. 肌は乾き、光っていない。」
リンは女王の前へ進み、高精細の鏡を差し出す。
「陛下。目尻を見てください。」
「それ……魚の尾ひれみたいな皺、ですよね?」
「なっ……!?」
女王は毛布から跳ね起き、鏡を奪って叫んだ。
「ありえない!私は不老不死のエルフよ!皺なんて――!」
リンは静かに言い切る。
「退廃は、最大の老化促進剤だ。」
リンは懐から一本の小瓶を取り出す。
【深淵特製・小棕瓶美容液】(※中身は聖水に着色しただけ)
「外の世界で奪い合いになっている“青春凍結水”だ。最も高貴な女性だけが持てる。」
「塗れば、即効だ。」
「わ……私に!」女王が手を伸ばす。
リンは、すっと引っ込めた。
「残念。陛下。これは“限定品”です。」
「並ぶ必要がある。抽選もある。あと――金もいる。」
「金?いくらでもあるわ!」
女王は国庫へ突撃し、埃をかぶった宝石箱を山ほど運び出した。
女王だけじゃない。
女エルフたちは、スクリーンの艶やかなサキュバスを見て、比較欲が一瞬で燃え上がる。
「なんであのサキュバスの肌のほうが綺麗なのよ?」
「あのバッグ……欲しい……!」
【コメント】
【リン:長命種に“容姿不安”と“消費主義”を植え付けるとか、お前悪魔か?】
【エルフ:寝そべるつもりだったのに、限定品で釣られた!】
【“比較”が生まれた瞬間、ユートピアは崩れる。】




