第五十四話:ようこそ“絶望のユートピア”へ
(場所:エルフの森・世界樹の麓)
霧を抜け、リン一行は伝説の夢幻郷――エルフの国へ足を踏み入れた。
絵画のような景色。花の香り。雲を貫く世界樹。
だが、おかしい。
静かすぎる。
笑い声も、歌も、鳥の鳴き声すらない。
「見ろ、エルフがいる。」
元勇者アーサーが枝先を指す。
息をのむほど美しい男エルフが、枝に“大の字”で寝転んでいた。豪奢な服だが、灰をかぶっている。目は虚ろで空を見ているだけ。
「こんにちは。女王陛下はどちらに?」アーサーが丁寧に尋ねる。
男エルフは眼球すら動かさない。
「うるさい……いま光合成中……」
「光合成?」
「食事、面倒……呼吸だけでいい……生きるの、だるい……」
寝返りを打ち、そのまま沈黙した。
道中、似た光景が続く。
美男美女が草地や樹洞に“干物”のように転がり、喋らず、交わらず、目は空っぽ。
国全体が“退廃の極致”に沈んでいた。
やがてリンは、世界樹の玉座で女王ティランデに会った。
絶世の容貌。だが彼女は毛布にくるまり、玉座であくびをしている。冠が斜めでも直す気がない。
「んぁ……あなた、シルヴィが連れてきた医者?」
眠たげに言い、目も開けない。
「世界樹が枯れそう?あー、枯れるなら枯れれば?もう生き飽きたし。滅べ。疲れた。」
リンは黄ばんだ葉の世界樹を見上げ、そして生気のないエルフたちを見回す。
「シルヴィ。これ、いつからだ?」
同行するエルフの看護長シルヴィ(全族で唯一の“意識高い系”)が歯噛みする。
「三百年です!魔法で農業が自動化してから、全員【大寝そべり時代】に突入しました!」
「出生率、百年間ゼロ!このままじゃエルフは絶滅します!」
リンは眼鏡を押し上げ、口角を上げた。
「典型的な【低欲望社会症候群】だ。」
「物質が過剰に豊かで、寿命が異常に長い。結果、ドーパミン閾値が上がりすぎて、何にも興味が湧かない。」
リンの声が鋭くなる。
「女王陛下。あなた方は悟ったんじゃない。」
「慢性自殺してるだけだ。」




