第五十三話:賭けはやめろ!邪神、海鮮“総料理長”へ転職
「納得いかねぇ!もう一回!もう一回だ!触手も賭ける!!」
タコ船長は目を血走らせ、喉が裂けるほど叫ぶ。
いまの彼に邪神の威厳はない。いるのは――負けが込んで理性を失った、ただのギャンブル中毒者だ。
リンは首を振り、手札を閉じた。
「典型的な『病的賭博(Pathological Gambling)』末期だな。」
「勝負は終わった、船長。君はもう、何も持っていない。」
「違う!!俺は神だ!負けるはずがない!!」
タコ船長は精神崩壊し、身体が膨張する。無数の触手が暴れ、周囲を破壊し始めた。
「鎮静。」
リンが指を鳴らす。
ミノ(ミノタウロス)と戦神(老戦神)が左右から突進し、暴れるタコ船長を押さえ込んだ。
リンは目の前まで歩き、スキルを起動する。
【認知再構成・離脱療法】
「デイヴィッド。俺を見ろ。」
「お前は“勝ちたい”から賭けてるんじゃない。ドーパミンが噴き出す快感を嗅ぎに行ってるだけだ。」
リンは淡々と続ける。
「だが本当の勝者は、賭け卓に座らない。」
リンは自分を指した。
「本当の勝者は――カジノを開く側だ。」
「胴元は、絶対に負けない。」
その一言が雷のように、タコ船長の混沌とした脳を切り裂いた。
タコ船長は固まる。
「胴元……?」
「そうだ。」
リンは一枚の書類を取り出した。
《入社契約書》
「この船は今から俺のものだ。『深淵ロイヤル・クルーズ』に改装する。」
「そして、お前の席は残してやる。」
リンの声が、逆に優しく聞こえるほど残酷だった。
「ただし、お前はもう“負ける賭博者”じゃない。」
「お前は【娯楽部マネージャー】兼【海鮮・総料理長】だ。」
「賭場を管理し、他人が負けるのを見ていろ。ついでにその触手(再生するやつ)で、鉄板焼きを作って客に振る舞え。」
「どうだ?こっちのほうが、確実に儲かる。」
タコ船長は契約書を見て、自分の“刺身にされた触手”(幻覚)を見て、理解した。
「胴元……俺も……胴元になる……」
震える手で、彼は署名した。
【全サーバー告知】
【おめでとうございます!プレイヤー「リン」が伝説級乗り物:リヴァイアサン号(生体クルーズ船)を獲得しました。】
【神話級スタッフ:深海邪神・デイヴィッド(娯楽総監督)を獲得しました。】
【新レシピ解放:炭火焼き邪神触手(再生資源)】
……一週間後。
霧が晴れ、幽霊海は陽光にきらめいた。
かつて恐れられた幽霊船は、真っ白に塗り直される。
夜空に巨大なネオンが瞬く。
【深淵ロイヤル・リヴァイアサン号】
・特色1:本物の幽霊ウェイターが紅茶を運びます。
・特色2:邪神船長が“胴元”を担当(もう賭けはしません)。
・特色3:深海触手ビュッフェ無限供給。
鉄血帝国の貴族、豪商、そしてあの“恥をかいた皇帝”までもが好奇心に負け、法外なチケットを買って乗り込んだ。
船首で潮風を浴びるリン。手元には跳ね上がった財務報告書。
「いい。海・陸・空、産業の線が揃った。」
「次は――」
リンの視線は、海の向こうへ。未開の原生林。霧に包まれた地。
「エルフ族が最近、“人口危機”と“環境過激主義”で揉めてるって?」
「アリス、準備だ。」
「了解。」
「長耳の環境主義者どもに、“持続可能な発展”の授業をしてやる。」




