第五十話 抵当に入ったのは幽霊船? いいえ、「豪華クルーズ船」の素材です
(場所:帝国辺境・呪われた“幽霊海”)
この海域は、すべての船乗りにとっての悪夢だった。黒い霧が年中渦巻き、海水は墨汁のように粘ついている。噂によれば、この海へ入った船は、一隻たりとも帰ってこなかったという。
だが、その日。そこへやって来たのは、伝説とはまるで合わない“場違いな船”だった。数千の人造神兵(シリコン組合)に空から担がれた巨大飛行船――それが、リン・エンの新しいマイシップである。
「これが、皇帝が抵当に出した“土地”ってわけか」
リン・エンは甲板に立ち、霧の下にぼんやりと浮かぶ巨大な影を見下ろした。航空母艦級のサイズを誇る、腐りかけた巨大船。その外見は、ただひたすらに気持ち悪い。
巨獣の骨格のような船体に、蠢くフジツボと海藻がびっしりまとわりつき、船全体から、心臓の鼓動のような「ドクン、ドクン」という脈動音が響いている。
【伝説級巨艦・リヴァイアサン号(Leviathan)】
【状態:生体/呪詛/極度の空腹】
「うっ……」
元勇者・アーサー(HR担当)が、手すりにつかまり青ざめる。「これが船なもんかよ……ただの浮かぶ死体だろ……。この邪悪な気配……少なくとも古代邪神クラスだ!」
「邪悪?」
リン・エンは眼鏡を押し上げ、その奥で好奇心の炎をギラリと光らせる。「違うよ、アーサー。現象じゃなくて本質を見なきゃ。この馬鹿でかい船体、収容人数は五千人規模。自家発光する苔のおかげで、照明費ゼロ。そしてあの触手、ちょっと改造すればオートマッサージチェアだ」
パチン、と指を鳴らし、背後の営業部長(金歯のデブ)に向き直る。
「メモしといて。“深海クトゥルフ風・没入型ラグジュアリークルーズ”の理想的な素材だ。内装さえ変えれば即・商品化」
その時だった。
ボォォォォォ――!!!
下の幽霊船が、耳をつんざく汽笛……もしくは悲鳴を轟かせる。半透明の幽霊船員たち、タコ頭の怪物たちが甲板にびっしり現れ、空に向かって血に飢えた咆哮を上げた。
「ようこそ地獄へ……」
低く、ぬるりとした声が、全員の脳内に直接響きわたる。
『人の子よ、この身を賭ける覚悟はあるか……己の魂と、この船の所有権――まとめて賭場に乗せるがよい……』




