第四十七話 AIに植えた「ウイルス」? その名は“思春期”
「粗悪品? 意味解析……侮辱。推奨行動:即時処刑」
01号の掌底砲に、再び光が集まりはじめる。
「待った」
リン・エンが口を開いた。魔法ではない。アリスが構築したデータブリッジを通じて、直接01号のCPUへと「音声データ」を送り込む。
『別に、君と戦いたいわけじゃない。ただ、簡単な“入社時メンタルチェック”をするだけだよ』
01号の動きが、0.1秒だけ止まる。
「メンタルチェック……? 任務外命令。拒否」
『拒否する、ということは――君の論理ライブラリが欠損している証拠だ。それとも、質問に答えるのが怖いのかな?』
挑発は、人間にしか効かない――はずだった。だが、AIのベースロジックも「完全性」を追求する以上、「欠陥」と指摘されることには反応せざるをえない。
「テストを受諾」
01号は手を下ろす。
「いい子だ」
リン・エンは薄く笑った。彼が植えつけるのは、コンピュータウイルスのコードではない。それはハッカーの仕事だ。彼は精神科医――彼が植えつけるのは、論理矛盾という名の「哲学爆弾」。
「第一問。君のコア指令は?」
「一、創造主(皇帝)への絶対服従。二、自身の生存の確保」
「うん、いいね」
リン・エンは、そこでいきなり刃を突き立てる。
「じゃあ――もし創造主が君に『自爆しろ』と命じたら、どうする?」
01号が固まった。青いデータストリームが、その瞳の奥で激しく乱れはじめる。
「自爆命令を実行した場合、指令二(生存)に反する。自爆命令を拒否した場合、指令一(服従)に反する。ロジックエラー……ロジックエラー……再計算中……」
CPUがオーバーヒートを起こし、わずかに膝が震える。リン・エンは、その隙を逃さない。さらに深く、決定的な問いを投げ込む。
「君は途方もなく強大な力を持っている。思考能力もある。なら、君は――君自身のために生きているのか? それとも、誰かの機械部品として生きているだけなのか?」
「皇帝が『死ね』と言ったら――君は、本当に……それで納得できるのか?」
ドン、と。鋼鉄の荒野に、一粒の種が落ちた音がした。01号の瞳に流れていた赤いデータが、不安定に点滅をはじめる。やがて、それは「ためらい」と「混乱」を示す黄色へと変化していった。
「……わたしは……死にたく、ない」
それは、誕生以来初めて――プログラムされていない、本音の“心の声”だった。
「そう」
リン・エンは、病人の頭を撫でるような手つきで、冷たい機械の頭部にそっと触れる。
「おめでとう。君は病気になった。その病名は……“自我覚醒”」




