第四十六話 量産型の天使？ いいえ、「ブラック企業製の粗悪品」です
（場所：深淵第99層・診療所上空）
鉄血帝国の報復は、予想よりも早く――そして、予想よりも冷酷だった。
宣戦布告もない。言い訳もない。ただ、天空が裂け、巨大な金属製の投下カプセルが隕石のように診療所前の広場へと叩きつけられた。
砂煙が晴れた時。その中から、ひとつの影がゆっくりと歩み出る。
六枚の機械仕掛けの光翼を持つ少女だった。肌は完璧なまでのバイオシリコン。陶器の人形のように整いすぎた顔立ち。だが、その瞳には感情が一切なかった。ただ、冷たい赤いデータの流れだけが、絶え間なく点滅している。
【コードネーム：01】
【機体：人造神兵・試作機（God-Killer）】
【任務：リン・エンの抹殺】
「……天使、か？」
元勇者、現・人事担当のアーサーが警戒心むき出しで剣を抜いた、その瞬間――
シュッ。
01号の姿が、空間から掻き消える。次の刹那には、すでにアーサーの目の前に現れていた。ほっそりとした手のひらが、アーサーの聖剣を片手で、難なく受け止める。
「物理攻撃を検知。出力係数：S。対処プロトコル：運動エネルギー吸収モード、起動」
バキィ。
アーサーが誇る剣技は、たった片手でいとも簡単に捻じ伏せられた。直後、01号の両眼から高出力のレーザーが放たれ、アーサーの身体を吹き飛ばす。
「ワシを殴るとは、いい度胸しとるのぉ！」
傍らで発電作業中だった雷神じいさんがブチ切れ、雷神のハンマーを振りかぶる。
「雷属性エネルギーを検知。電圧：100万ボルト。対処プロトコル：絶縁フィールド展開」
01号の全身を透明なシールドが包み込む。雷神の稲妻は、そのシールドに吸い込まれるように全て中和され、逆に彼女の動力源として取り込まれていった。
「エネルギー充填完了。チャージ、感謝」
01号はまったく表情を変えぬまま手を上げ、その掌の砲口に破壊的な白光を収束させる。狙いは、リン・エン。
「全員、下がって」
ミノやカミラが命を張る構えを見せるのを、リン・エンが手で制した。彼は眼鏡を押し上げ、目の前の「隙のない殺戮マシン」を見据える。そこには恐怖はなく――ただ、ひとつの「不良品」を検品する時のような、静かな失望があった。
「アリス」
「はい」
S級機娘のアリスが、リン・エンの隣に転移する。
「彼女のネットワークにアクセスしてみて」
「試行中……接続成功。防壁は極めて堅牢。開いているのは、ベースレイヤーの論理ポートのみ」
リン・エンは小さく頷き、一歩前に出る。01号の死んだような瞳を、正面から見返した。
「完璧な防御。完璧な攻撃。だが――魂がない。たとえ君の製造コストが何千億かかっていようと、“生命”として見れば、君は徹頭徹尾、粗悪品だ」
