第四十五話 深淵老人ホーム開院! 帝国には「治療費」を請求します
戦闘は、あっけないほど早く終わった。
逆鱗に触れた戦神の前で、レッドスコーピオンは鎧をボロボロにしながら敗走し、残兵とともに尻尾を巻いて諸神の墓場から逃げ去った。
「ひぃ……怖かったぁ……」
一段落つくと、戦神はまたしても泣き虫に戻り、その場にへたり込んで鼻水をすすり始める。
リンは荒れ果てた一帯と、病み気味だがまだまだ戦闘力は桁違いな「老神様」たちを見回し、頭の中に一つの壮大なビジネスプランを描き始めた。
三日後。
【諸神の墓場】は正式に改名された。
入口には、新しい看板が掲げられている。
《深淵・諸神療養院(夕陽紅分院)》
院長リンの指揮のもと、人員配置も瞬く間に決まる。
1.雷神: アルツハイマー型認知症と診断。クルミさえ与えておけば、非常に従順。
【配属先】……《発電プラント》。深淵第99層へ、クリーンな雷電エネルギーを無尽蔵に供給。
2.豊穣女神: 神経性食思不振症と診断。リンによる「認知再構成療法」実施中(“今は骨格美がトレンドだよ”と安心させつつ、少しずつ摂食量を増やしていく)。
【配属先】……《農業テック顧問》。彼女がひと吹きすれば、診療所ファームのニンジンが、木みたいなサイズに育つ。
3.戦神: PTSDと診断。平時の戦闘行為は禁止。
【配属先】……《警備部名誉顧問》。普段はじいさんばあさんの相手をしながら将棋に付き合い、外敵が侵入した場合は「お前の将棋盤を取りに来たぞ」と耳打ちすれば、自動的に戦闘力+1000%。
……
内側のリソースを整理し終えたところで、次は「対外請求」である。
リンは院長室で、つらつらと長大な請求書を書き上げ、機娘アリスに手渡した。
「鉄血帝国の皇帝宛だ」
「内容はこうだ――
『貴国軍の不法侵入により、当院の高齢患者に重大な心理的ストレスが発生した。
雷神は恐怖のあまり、通常より百キロほど多くクルミを摂取。
戦神はショックで失禁(※事実ではない)。
豊穣女神は驚愕のあまり、さらに体重が二キロ減少』
よって、慰謝料・栄養補償費・休養損失補填として――総額五百億ゴールドを請求する」
「備考欄にはこう添えておいて。
『お支払いがなされない場合、院長自ら“夕陽紅シニアチーム”を率いて、貴国王宮前広場にて広場ダンスを実施予定(山投げパフォーマンス付き)』……っと」
同時刻、鉄血帝国・皇宮。
ガシャンッ!!
機械仕掛けの王座にもたれ、身体の半分以上を機械化された鉄血皇帝が、手にした酒杯を握り潰した。
電子眼の赤い光が、請求書の文面に激しく明滅する。
「リン……魔法だけでなく、あの旧時代の神々まで手駒にしたというのか」
「もはや通常戦力では、相手にならん」
皇帝は一つボタンを押す。
王宮地下の巨大実験施設が静かに開かれる。
緑色の培養液に満たされたカプセルの列──その中で、天使の翼を持つ機械生命体たちが、一斉に目を開けた。
「……あの計画を稼働させろ」
「《人工神兵・量産型》。
旧時代の医者どもに、“新しい神”とは何かを教えてやれ」




