第四十四話 戦神はPTSD? なら「広場ダンス防衛戦」に出てもらおう
「おしゃべりはそこまで。撃て!」
レッドスコーピオンの号令とともに、濁流のような魔導ビームが降りそそいだ。
雷神が反撃しようとするが、老いぼれた頭はタイミングがずれ、稲妻は見当違いの方向へ吹き飛んでいく。
豊穣女神は立ち上がる力すらない。
光弾が迫る――はずだった。
「やめろおおおおお!! 撃つなああああ!!」
そのとき。
身の丈五メートルはあろうかという大男が、頭を抱えながら隅から飛び出してきた。
諸神の中でも最強と謳われた戦神。
大地を裂く腕力を持ちながら、一万年にわたる戦争の果てに、重度の【心的外傷後ストレス障害(PTSD)】を患った男だ。
今の彼は、血を見るだけで卒倒し、銃声を聞くだけで悲鳴を上げる。
「でかいのを捕獲しろ! 肉盾に使える!」
レッドスコーピオンが笑いながら命じる。
幾枚もの合金製キャプチャーネットが戦神に降りかかる。戦神は泣きじゃくるばかりで、抵抗しようともしない。
「たすけて……こわい……もう戦いたくない……」
「これが戦神? 笑わせるわね」
レッドスコーピオンは嘲笑を隠そうともしない。
リンは銃火の中に立ちながら、それでも網を切ることはせず、拡声器を手に取った。
「ほら、よく見ろ!」
彼は、戦神のほうへ声を張り上げる。
「お前の古い友人だ! あのボケた雷神じいさん、感電しかけてるぞ!」
「そこで倒れてる拒食症の女はどうだ? 今にも踏み潰されそうだ!」
「お前は戦神なんだろう? ……ああ、すまない。
今は、ただの臆病者か。
こんな老いぼれた連中が、静かに“広場ダンス”できる場所すら守れない腰抜けか」
「……ひ、広場ダンス?」
戦神のすすり泣きが止まる。
彼の中では、この寂れた墓場こそ、時代に忘れられた老神たちの、唯一の「家」だった。
「こいつら……オレたちのたまり場を、奪いに来たのか……?」
戦神の瞳から、「怯え」の色が消えていく。
代わりに立ち上がってきたのは、一万年分積もりに積もった老兵の怒りだ。
「老人いじめは……許さん……!!!」
ウォオオオオオオッ!!
耳の鼓膜が破れんばかりの咆哮が、大地を震わせる。
戦神の身体を縛っていた捕獲ネットが、音を立てて裂け飛んだ。
彼は一切の神術を使わない。
ただ腰を落とし、足元の小さな山を、根こそぎ引き抜いた。
「出ていけえええええッ!! オレたちの――老人ホームからあああああ!!」
ドガァアアアアアアアン!!
その一投で、鉄血帝国部隊は古い神話の悪夢を思い出す。
山そのものが巨大な投槍と化し、考古隊の陣地を半壊させる。
蒸気機甲の群れなど、絶対的な怪力の前には紙細工も同然だった。




