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第四十三話 拒食症の女神と、「鉄血帝国」からの侵入者

 クルミ一袋で買収した雷神の案内で、リンは二人目の「患者」を見つけるのにそう時間はかからなかった。

 枯れ果てた庭園の片隅。

 かつて「この世界でもっとも美しい」と称えられた女神──豊穣と大地の守護者が横たわっている。

 だが今、その身体は骨と皮ばかり、目の窪みは落ちくぼみ、まるで骸骨のようだった。

 目の前には、ありとあらゆる神果が山のように積まれている。

 それなのに、彼女はそれをちらりと見るだけで、喉の奥からえずき声を漏らすのだ。

「食べさせないで……もう食べられない……太ったら……信徒たちに嫌われる……」

 女神はかすれ声で繰り返し呟く。

「病因:【重度の神経性食思不振症】」

 リンは古い記録をぱらりとめくりながら言う。

「三千年前、人間の美意識が“ふくよか至上”から“細さこそ正義”に変わった。

 それに合わせて、信徒たちが“女神像は太りすぎだ”と言い出した結果──女神さま、壮絶なボディイメージ障害を発症」

「で、そのまま三千年断食……か」

 アーサーは気の毒そうに視線をそらす。

 リンが介入を始めようとした、その時。

 ドォンッ!!

 凄まじい爆音が静寂を打ち砕いた。

 庭園の外壁が、容赦なく吹き飛ばされる。

 蒸気機関で駆動する外骨格に身を包み、魔導ライフルを構えた兵士たちが雪崩れ込んできた。

 大陸最大の軍事国家──鉄血帝国。その王立考古学部隊である。

 先頭に立つのは、豊かな曲線の肢体に冷たい瞳を宿した女将軍。コードネーム《レッドスコーピオン》。

「いた……これが豊穣女神の遺骸ね」

 レッドスコーピオンは足元の女神を見下ろし、そこに敬意の欠片もない視線を落とす。

 あるのは、ただむき出しの欲望だけ。

「少し痩せすぎだけど……神格は残ってる。

 持ち帰りなさい。これだけのクラスの“生体バッテリー”なら、帝国の戦争機甲を百年は動かせるわ」

「やめろ!」

 アーサーが女神の前に立ちはだかる。

「彼女はまだ生きている! それは冒涜だ!」

「生きている?」

 レッドスコーピオンは鼻で笑い、魔導銃の銃口をアーサーの額へ向けた。

「技術至上のこの時代において、“神”など時代遅れの粗大ゴミ。

 解体してパーツとして役立つ時だけが、唯一の存在価値よ」

「そこの医者」

 彼女は、カルテをつけていたリンに横目を向ける。

「死にたくなかったらどきなさい。ここは帝国の“資源回収現場”よ」

 リンのペン先がぴたりと止まる。

 彼は静かにカルテを閉じ、眼鏡を押し上げた。レンズの反射に隠れて、その瞳の温度は誰にも読めない。だが、空気の温度だけが一気に氷点下まで落ちた。

「資源。粗大ゴミ」

「女神を侮辱するのはいい。彼らが時代遅れなのは事実だからね」

「でも――」

 リンは顔を上げ、冷たい声で告げた。

「医者の目の前で、担当患者に手を出す。

 その行為を、この世界では“医療暴力”と呼ぶんだよ」

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