第四十一話 魔導協会の「追放令」と、リンの「退学スピーチ」
(場所:学院大講堂)
リンが地図を手に入れたちょうどその頃。
学院の外では、轟音と共に巨大な魔法陣が展開されていた。
「リン・アドラー! 貴様を逮捕する!」
魔導協会の総会長が、百名を超える赤袍の執行官を従え、大講堂を完全に包囲する。
「貴様は異端思想を流布し(心理学のことだ)、教学秩序を乱し(論文を書かせ)、
貴族の尊厳を踏みにじった(王子を公開社死させた)!」
「魔導協会の決議により、リン・アドラーを永久追放とし、“精神魔法”に関するすべての科目を廃止する!」
総会長は高壇に立ち、勝ち誇った笑みを浮かべる。
彼の背後には旧貴族と古参魔導士たちの利権があり、リンのような“学術改革者”を早々に叩き出したくて仕方がなかったのだ。
「ほう、追放か」
リンは教壇の上で講義資料を整えながら、相変わらずの涼しい顔をしていた。
「だが、僕を追い出す前に、一つ確認しておいたほうがいいんじゃないかな」
「──僕の教え子たちは、それを了承するのかどうか」
言い終えるか終えないかのうちに。
「反対だ!」
鋭い声が響いた。
最初に立ち上がったのは、他ならぬ炎の王子だった。
その手には分厚い論文が抱えられている。タイトルは──
『精神暗示を用いた火炎魔法詠唱の効率化について』。
「会長殿。リン教授の理論モデルに基づけば、精神系魔法の導入で、火炎魔法の効率は約四〇%向上する」
王子は新調した眼鏡をキュッと押し上げる(完全にリンの真似だ)。
そこには昔のような驕慢さはなく、純粋な知性の光だけがあった。
「ここに僕の実験データがある。
もし理解できないというのであれば、それは教授の問題ではなく──あなた方の“学力不足”だ」
「反対!」
「反対だ!」
次々と席が立ち上がり、数千人の学生が一斉に声を上げる。
かつてはリンを呪い、彼の課題を地獄と呼んでいた彼らは、気づいてしまったのだ。
――あの悪夢のような日々をくぐり抜けた結果、自分たちが「強くなってしまった」ことに。
もはや彼らは、スキルボタンを押すだけの砲台ではなかった。
自分の頭で考えられる魔導士になりつつあったのだ。
「貴様ら……総会長たるこの私に逆らうつもりか!」
総会長の髭が怒りで震える。
「それを“反逆”とは呼ばないわ」
リンは小さく肩をすくめた。
「学問の世界では、それを“アカデミック・フリーダム”──学問の自由、と言うんだよ」
そう言うと、彼は静かに教授用ローブを脱ぎ、丁寧に畳んで教壇の上に置いた。
「ここの空気が、自由を許さなくなったのなら、僕が居座る理由もない」
「諸君。今日の講義はここまでだ」
「僕は、別の場所へ行く。──『諸神の墓場』へ。
新しい“症例”を探しにね」
「期末課題に関しては……」
扉へと向かいかけたリンは、一度だけ振り返り、涙を浮かべる学生たちを見渡す。
「後は君たち自身の手で、続きの“実験”をしてみなさい」
そう告げると、リンはアリスとアーサーを伴い、数千人の学生の拍手と、魔導協会幹部たちの真っ青な顔に見送られながら、大講堂を後にした。
【全サーバー告知】
【プレイヤー「リン」、実績《桃李満天下》を達成】
【キーアイテム:欠けた世界地図(諸神の墓場)がインベントリに追加されました】
学院の門を出ながら、リンは手にした地図をちらりと見下ろす。
「よし。親父の処遇は片づけた。資金も十分。弟子も育てた」
「次は──“ボケかけた”古代神様たちの診察か」
「医者として、高齢者を放っておくわけにはいかないからね。
少しばかり、“ぬくもり”を届けに行こうか」




