第四十話 禁書庫の「老いた狂人」と、「よそ者」の秘密
(場所:学院禁域・終わりなき図書館・最深部)
学生たちが内輪競争に追い込まれ、魂を削っているその頃。
リンは校長特別許可証を手に、一般人立ち入り厳禁の《禁書区》へと単身足を踏み入れていた。
そこには、見ただけで正気を侵すタブーの知識が封印されている。
そして最下層。無数の鎖と封印陣に囲まれた巨大な魔法牢の中で、一人の白髭の老人が、薄汚れたローブのまま蹲っていた。
彼はぶつぶつと意味不明の言葉を呟き、宙に意味不明な記号を描き続けている。
「無限……無限だ……真理が叫ぶ……そこは深淵……」
初代「魔導神」メルリン。
千年前、世界の魔法体系を築き上げた伝説の存在。
世間はとうに彼を死んだと思っているが、実際は“狂って”しまっただけだ。
魔法の極致を求めるあまり、世界の「根源渦」に無理やりアクセスし、常人の脳が到底処理できない情報量に晒された結果、精神が崩壊した。
診断名:【認知オーバーフロー型精神分裂】。
「こんばんは、おじいさん」
リンが牢の前に立つ。
普通の人間であれば、メルリンの妄言を聞いた時点で精神汚染を受けるはずだが、彼には何の影響もない。
メルリンががばっと顔を上げ、その濁った瞳をリンに向ける。
「お前……お前の魂の形がおかしい!」
メルリンは奇声を上げ、鉄格子に飛びついた。
「この世界の魂は、みんな“丸い”……! お前だけが“角張っている”!
異物だ! お前なら、あれを――あの情報を詰め込める!」
「いや、僕は医者だよ。それにこれは“合理的思考フレーム”って言うんだ」
リンは、青い光を灯す《記憶保存球》を取り出した(ドワーフ技術でブロックに改造させた特注品だ)。
「おじいさんの脳みそCPUは、キャパ以上のゴミ情報を詰め込みすぎて焼け落ちた。
今から“メモリ分割手術”をする。暴走の原因になっている冗長データを、ここにバックアップしてしまおう」
リンは指先をメルリンの眉間に当てる。
【神級精神干渉・思考宮殿リビルド】
「う、うああああああ……! ……静かだ……! やっと静かになった……!」
メルリンの身体が大きく痙攣し、次第に呼吸が落ち着いていく。
やがて、その瞳から狂気の色が少しずつ退き、代わりに千年分の知と疲労をたたえた光が宿った。
正気を取り戻したメルリンは、じっとリンを見つめる。
「バアルのあの小僧の血を継いでいるというのに……お前の魂は、この世界のどこにも属していない」
かすれた声でそう告げる。
「この狂った世界で正気を保てるのは、もしかすると“お前のような異物”だけなのかもしれん」
「真理を担ぐ器があるというのなら──行くべき場所がある」
メルリンは震える手で、ボロボロの法衣の内側を探り、一枚の欠けた羊皮紙の地図を取り出してリンに手渡した。
「ここだ……『諸神の墓場』」
「そこは、古の神々が葬られた地。
この世界の起源に関する秘密が眠っていると言われている。
もちろん、そこにも腐るほど“頭のいかれた老人ども”が転がっているだろうがな」




