第三十九話 落第したくない? じゃあ、死ぬまで「ガチ内輪競争」してもらおうか
その日の午後。
本来なら誰も寄りつかなかったはずの第十三階段教室は、身動きが取れないほどの人波で埋め尽くされていた。
窓枠にまで学生がしがみつき、廊下まで人が溢れている。
皆、たった一言で炎の王子を社死させた新任教授が、いったいどんな妖術を使ったのか、この目で確かめたくてたまらない。
「授業を始める」
リンが教壇に立つと、アリスが素早く水晶投影機を起動し、スライドを映し出した。
「まずは、新しいルールを一つ」
リンは黒板をコツコツとノックする。
「今日から、私の講義では“決闘実技”による評価を廃止する」
「代わりに──単位が欲しければ、必ず一つ、SCI準拠の魔法論文を完成させてもらう」
教室内に、悲鳴に近いざわめきが広がる。
「論文だと!? あれは老害学者が書くもんだろ!」
「俺たちは社死させるスキルを学びにきたんだ! 作文じゃねぇ!」
「静かに」
リンが、すっと視線を一巡させただけで、ざわめきはぴたりと止んだ。
「お前たちは魔法を何だと思っている。火の玉を投げる遊びか?」
「違う。魔法とはロジックであり、データであり、世界法則の解析だ」
「論文ひとつ書けない魔法使いなど、せいぜい“自走砲台”止まりだよ」
「評価基準を発表する」
リンは板書しながら、一項目ずつ読み上げる。
1.盗用率:10%未満。古文書の丸写しは禁止。必ず独自理論を含むこと。
2.データモデル:魔法原理を、必ず数式で立証すること。
3.社会的影響評価:その魔法が経済・倫理に与える影響を分析すること。
4.ボトム20%ルール:成績下位20%は容赦なく落第。留年確定。
「基準を満たせなかった場合は……」
リンは教室の入口を指さす。そこには、にこやかな笑顔を浮かべた助教アーサーが立っていた。
元・第一勇者は、かつて魔物を震え上がらせたあの完璧な「職業スマイル」を披露する。
「基準未達の方には、私が“マンツーマンで”心理カウンセリングを行いますよ。
安心してください、とても“よく効きます”から」
──地獄が始まった。
それからの一ヶ月、セント・フレイア学院の雰囲気は一変した。
かつては決闘に恋愛にパーティーに明け暮れていた「天才貴族様」たちの姿は消え。
代わりに現れたのは、目の下にクマをこしらえ、髪はぼさぼさのまま図書館で徹夜で文献をあさる「ゾンビ」の群れだった。
「誰か助けろ! チェック比率、なんでまだ30%なんだよ!」
「数理モデルが動かねぇ! 微積分誰か教えろおお!」
「リン教授は悪魔だ! 絶対に悪魔だああ!」
配信で見守っていた視聴者たちは、各国語でコメントを飛ばしながら、妙な感動を覚えていた。
【弾幕】
[ 天は人を選ばず。異世界チートも卒論からは逃げられない。 ]
[ 炎の王子が文献レビューで徹夜してるの、最高にエモい。 ]
[ リン:お前たちのメンタルだけじゃなく、ヘアライン(生え際)も削り取ってやる。 ]




