第三十八話 初回講義に誰も来ない? じゃあ「スクールカーストいじめ」の実演だ
(場所:セント・フレイア王立魔法学院)
「ここが、大陸中の天才が集まる場所ねぇ……」
リンは荘厳な学院正門の前に立ち、飾り立てた法衣をまとい、鼻で風を切る貴族生徒たちを眺めながら、眼鏡をくい、と押し上げた。
今日の彼は、きちんと仕立てられた黒の教授用ローブに着替え、胸元には「客員教授」と刻まれたバッジが光っている。
背後には、どう見ても普通の助手には見えない二人の「助教」が続いていた。
一人は、プロジェクターと講義資料の束を抱えたS級機娘アリス(クール秘書スタイル)。
一人は、スーツ姿に社員証をぶら下げた元勇者アーサー(現在は深淵診療所の人事担当。今日は出張扱い)。
「リン教授。履修登録データによりますと」
アリスの抑揚のない声が響く。
「あなたの選択科目『精神防御と認知再構成』の現在の登録者数は──0名です」
「理由分析:学生たちは精神系魔法を『補助のゴミ』と見なしており、ファイアボールのほうが“カッコいい”と考えています」
「0?」
リンは眉をひとつ上げる。
「なるほど。象牙の塔にこもったガキどもには、一度“社会の鉄槌”を味わわせる必要がありそうだ」
◇
(場所:戦闘魔法科・実技演習場)
こちらは人の波と歓声でごった返していた。
学院一の人気授業《破壊魔法実戦》の真っ最中だ。
訓練場の中央では、学院公認ナンバーワン天才、隣国の炎の王子が、つい最近習得したばかりの「第五階位・爆炎弾」を得意満面で披露している。
「――砕け散れ!」
ドォン!
巨大な火球が標的を木っ端みじんに吹き飛ばし、観客席の女子生徒たちから黄色い悲鳴が上がる。
「弱いな」
冷ややかな声が、その熱気の中にすっと差し込んだ。
場内の時間が止まる。
全員の視線が、一斉に入口へと向かった。
リンが二人の助教を引き連れ、自宅の庭にでも入るような顔でずかずかと入ってくる。
「何者だ? この俺の魔法を侮辱するとは」
炎の王子が怒りに顔を朱く染め、杖の先端をリンに突きつけた。
「新任の客員教授だよ」
リンは王子の前まで歩み寄ると、杖すら抜かず、両手をポケットに突っ込んだまま言った。
「君のファイアボールは、確かに第五階位の破壊力は出ている。
だが──君の精神防御は、スライム以下だ」
「貴様っ……死にたいようだな!」
王子が激昂し、魔力を一気に練り上げる。
「今すぐその口を――」
「3、2、1」
リンがふいに遮り、子守歌のように柔らかい声でカウントをとる。その声には、妙なリズムが潜んでいた(高速催眠誘導)。
「……何だと?」
「君のズボンが落ちた」
「は?」
「ベルトのバックルが弾け飛んで、ズボンが足首までずり落ちたよ。
みんな、君のクマさん柄パンツを見ている」
リンの声は、王子の理性的な防御をすり抜け、潜在意識へと直接潜り込む。
現実には、王子のズボンはぴっちり履かれたままだ。
だが彼の感覚世界では、太ももに冷たい風が当たる感触、そして周囲からの「存在しない嘲笑」が、鮮明すぎるほど鮮明に再生されていた。
「あああああああっ!?」
学院中の教師と生徒が、目を剥く中。
高貴なる炎の王子は、顔を真っ赤にして悲鳴を上げ、杖を放り出して両手で完璧に無傷なズボンの前を必死に押さえた。
「見るなぁぁぁ!! 見るなぁぁぁ!! 俺のズボンがぁぁぁ!!」
彼は発狂したように、脚をすり合わせながら訓練場を“全力裸体疾走”し(本人基準)、最後には羞恥のあまりトイレへと消えていった。
――沈黙。
訓練場全体が石像と化す。
リンは眼鏡を押し上げ、口をぽかんと開けたままの学生たちへ向き直る。
「分かったかな」
「認知を崩してしまえば、どれほど強大な魔法使いでも、ただの全力裸走り変態に過ぎない」
「これが“社会的死”──いわゆる『社死』だ」
「この技を学びたい者は、今日の午後二時、十三番階段教室に来なさい」




