第三十五話 旧時代の亡霊と、「時代遅れ」支配美学
「更年期、だとォ?」
バアルは逆に吹き出し、笑いながら腕を一振りした。
黒々とした魔力が奔流となって診療所の壁一面を薙ぎ払い、粉々に破砕する。
「ワシは“破壊神”じゃ! この世で真理と呼べるのは“力”だけよ!
どうやら久々すぎて忘れとるらしいな、ここが誰の縄張りかを!」
「全員、聞けぇッ!!」
バアルは豪腕を振り上げ、ロビーにひしめくS級モンスターたちへ怒鳴りつける。
「今この瞬間から、ここはワシが仕切る! 魔王軍の栄光を取り戻すぞ!!
そこの牛! 行け! 隣の人間の村を皆殺しにしてこい!
ヤツらの頭蓋骨で酒杯を作るんじゃ!」
床に伏していたミノはビクっと震え、おそるおそる顔を上げた。
「え、ええと……太上皇さま、それは……できません。」
「何だと? 命が惜しいのか?」
「いえ……その村、今うちの診療所の“契約オーガニック野菜供給基地”でして。
あそこ潰したら、食堂は冷凍肉しか使えなくなりますし、“グリーンなエコ産業チェーン”が崩壊してしまいます。」
「……は?」
バアルの思考が一瞬だけ空白になる。
「そこの吸血鬼! お前は王都へ行け! 人間共の血を吸い尽くし、吸血鬼軍団を編成せい!」
カウンターの陰から、カミラがひょこっと頭だけ出す。
「え、ええっと……それも、ダメです。
吸い尽くすのは“一回きり”のお仕事で、サステナブルじゃありません。
今の王都の人類は、毎月何百億ゴールドも使ってくれる“優良顧客”なんですよ。
お客さん皆殺しって、ビジネス的には自殺行為ですわ。」
「ビジネス? 顧客ぅ?」
バアルは本気で頭がおかしくなりそうだった。
ふらふらと視線をさまよわせ、床から這い出てきたアスモデを睨む。
「お前はどうなんじゃ、アスモデ! お前の魔王軍はどこ行った!?」
アスモデは鼻血を拭きながら、バツが悪そうに頭を掻く。
「叔父さん、うちの魔王軍、今みんな第33層の工場でネジ締めてます。
最近は戦争してもコスパ悪いんで……地道にモノ作ったほうが儲かるんですよ。」
沈黙。
墓場のような、深い沈黙。
かつて自慢の配下だった連中が、口を開けば「サプライチェーン」「キャッシュフロー」「製造業」といった単語しか出てこない。
バアルは、自分だけが取り残されたような眩暈を覚えた。
「ああああああああ! やってられんわ!!」
怒りに任せ、再び黒炎が噴き上がる。
「いい! もういい! 洗脳され尽くした腰抜け共め!
ならばまず、この巣窟ごと消し飛ばして、ゼロからやり直したるわ!!」
「諦めろよ、親父。」
リンがカルテを手に、ゆっくりと階段を降りてくる。
そしてバアルの黒炎領域に、ためらいもなく足を踏み入れた。
「親父の“バージョン”は、もう時代遅れなんだ。
今どき、ただの虐殺なんて支配スタイルは、最下級のムーブだよ。」
「この時代のトレンドは――
“刈り取り(キャピタル・ハーベスト)”、つまり“搾り取りながら生かす”ことさ。」




