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第三十一話 「英雄」のKPIと、消せない生放送

「病気?」


アーサーは目を瞬かせ、それからあの“教科書通り”の完璧な笑みを返した。


「冗談がお上手ですね。私は『神聖加護』を授かっています。


いかなる毒も、呪いも通じない。病気とは無縁ですよ。」


「いや、俺が言っているのは“心の病”のほうだ。」


リンは茶杯を置き、ゆっくりと立ち上がる。


「無辜の人間を傷つけたくない。それは良い。


なら――こうしよう。


力で殴り合うのではなく、“言葉”でやり合う。


俺が出す“心のテスト”を、あなたがクリアできたら、


俺は大人しくあなたに連れていかれよう。」


「もしも、クリアできなかったら――」


リンはアーサーの胸元を指差した。


「今度は、あなたがここに残って、俺の患者になってもらう。」


アーサーはやはり、笑ったままだ。


「もしそれで流血が避けられるなら、喜んでお受けします。」


(場所:地下ダンジョン第99層・全方位ホログラムシミュレーション室)


ブロックCTOと機娘アリスが徹夜で組み上げた最新鋭装置――


【超高精度・倫理ジレンマ疑似体験シミュレーター】。


「テスト開始。」


アナウンスとともに、風景が揺らぎ、世界が塗り替えられる。


アーサーが気づくと、自分は線路脇に立っていた。


【第一問:古典“トロッコ問題”】




左の線路には、泣き叫ぶ幼い少女が一人。


右の線路には、十万の市民を象徴する光の群れ。


暴走列車が、轟音とともに迫ってくる。


『さあ、選んでください、勇者殿。』


リンの声が、虚空から響く。


普通の人間なら、悩む。


苦しみ、葛藤し、汗を流す。


だが、アーサーは――。


〇・〇一秒の躊躇もなく、ホームから飛び降りた。


自らの身体を、列車の前に投げ出す。


ドン――ッ!!


シミュレーション終了。


仮想とはいえ、痛覚フィードバックは現実そのままだ。


全身をぐちゃぐちゃに砕かれたアーサーは、血まみれになりながらも、


笑顔を崩さずに立ち上がった。


「私が犠牲になれば、誰も傷つかずに済みます。そうですよね?」


リンは眉間に皺を刻む。


「……次だ。難易度を上げろ。」


場面が狂ったように切り替わっていく。


高層ビル火災――アーサー、炎の中へ突入。


堤防決壊――アーサー、己の身体で決壊口を塞ぐ。


疫病蔓延――アーサー、自分の肉を削ぎ、特効薬の媒介にされる。


丸三日三晩。


ホログラム世界の中で、アーサーは千回以上死に、


数え切れない命を救った。


精神は限界をとうに超え、指先は痙攣し、瞳の焦点も危うい。


――それでも。


全世界に配信されているライブ映像を見ていた視聴者たちは、


骨の芯まで冷たくなるような戦慄を味わっていた。


どれほど傷つこうと。


どれほど疲れ果てようと。


アーサーの口元から、「あの笑み」が消えないのだ。


まるで、顔に溶接された仮面のように。


【弾幕】


[ ……なんで、まだ笑ってるんだ? ]


[ 優しさじゃない。これはもう、怖い。 ]


[ 痛そうなのに……痛みそのものを感じてないみたい。 ]


[ リン先生の言う通りだ。あの勇者、どこか壊れてる。 ]


「――これが、お前の“病巣”だ。」


リンはモニターに映るデータを眺め、深く嘆息した。


「『救世主コンプレックス(Atlas Complex)』。




重度の“スマイルうつ病”を併発。」


「人を救いたいんじゃない。


“救わなければならない”という期待とノルマに縛られてるだけだ。


泣くことも、休むことも、笑顔をやめることすらも――


自分に許していない。」

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