第二十六話 一千億は返せない額か?「元国王」有料展示で解決します
(場所:王都の廃墟・臨時交渉テーブル)
一千億ゴールド――。
その数字が記された天文学的な請求書は、一座の大山となって、戦火をくぐり抜けたばかりの王都の空気を押し潰していた。
頭上では、巨大な黄金ドリルマシンが唸りを上げている。
黒々と口を開けた魔導砲の砲口は、ようやく半分だけ修復が終わった城壁を狙っていた。
「リン院長、俺の我慢にも限度がある。」
黄金連邦第十三商会の会長――金歯のデブゴブリンは、宝石まみれの指でテーブルをコツコツと叩きながら言った。
揺れる横っ面の肉まで、金の匂いをまとっているようだ。
「たとえあんたがこの国を救ったとしても、商業のルールは別だ。借金は借金。帳簿の上じゃ、それ以上でもそれ以下でもない。ここを引き継いだ以上、そのクソみたいな負債も、ぜ〜んぶアンタの背中に乗る。」
「金を払うか――」
金牙は砲口の方にアゴをしゃくった。
「さもなくば、この土地ごと更地にして、丸ごと持って帰る。」
場の空気が、一気に張りつめる。
吸血鬼女王カミラは請求書を覗き込み、あまりの額に牙を噛みしめた。
「院長! うちの口座には三千万しか残ってません! 一千億なんて……私たちを丸ごと売ったって足りませんわよ!」
絶望が漂う中、リンだけは静かに茶を口に運び、表面の泡をふっと吹き払った。
「金牙会長。」
彼は穏やかな声で口を開く。
「ここを更地にするなら、あなたの手元に残るのは『価値ゼロの瓦礫』です。」
リンは茶杯を置き、眼鏡を押し上げた。
その瞳には、医者ではなく、一流の商人のいやらしい光が宿っている。
「赤字確定の案件より、もっとおいしい“商売”をしませんか?」
「商売?」
金牙は疑わしげに目を細める。
「アンタみたいなスカンピンと、俺がどんな商売を?」
「俺の手元には、世界で最も希少な“資源”がある。」
リンは視線を遠くにやった。
十年詰まっていた下水を全力で掘り返している巨大なグール(元国王)、城壁の修復で石を運び続ける多腕の怪物(元財務大臣)――。
「この世界で、『かつて天上にいた奴が、泥の底まで堕ちて必死にもがく姿』ほど、人の心を沸かせる見世物が他にありますか?」
「これは“感情価値”ですよ、会長。そして感情というものは――現金化できます。」
リンは、どこからともなく一冊の企画書を取り出した。タイトルはこうだ。
《深淵・罪悪アニマルパーク 事業計画書》
「一ヶ月の猶予をくれれば、利息どころか、あなたが今まで見たこともないレベルのボロ儲けをお見せしましょう。」
金牙は企画書を受け取り、数ページめくっただけで目の色を変えた。
「元国王を檻に入れて展示? しかも有料で?」
「それだけじゃありません。」
リンの口元が悪魔のように歪む。
「『投げつけ権』、『鞭打ち権』も販売します。一生貴族に虐げられてきた庶民と、あいつらに搾り取られてきた富豪たち――。その連中が、その権利を買うために、財布を空っぽにする姿がもう、目に浮かびますね。」
金牙は舌なめずりをした。分厚い唇の隙間から、トレードマークの黄金の歯がギラリと光る。
「面白ぇ……。思ってたより、よっぽどタチが悪いじゃねぇか、リン院長。」
「よし、一ヶ月だ!」
金牙はドリルマシンを親指で指し示した。
「一ヶ月後、稼ぎが足りなかったら――この土地だけじゃない。アンタの命も、まるごと俺の奴隷としていただく。」
「契約成立。」
リンは手を差し出した。宝石だらけの太い手と、白い医師の手が、固く握り合う。
【弾幕】
[ いや元国王を展示って発想エグすぎて草 ]
[ すみません、普通にチケット買いたいんですが? 腐った野菜投げに行きたい。]
[ リン:金の稼ぎ方なら、お前ら黄金連邦なんてまだまだだ。]




