第二十五話 「清掃班長」になった国王と、本当の債権者
(場所:王都・戦後の廃墟)
騒乱から三日後。
王都はまだ、瓦礫と崩れた建物だらけだ。
それでも、あちこから笑い声が聞こえてくる。
――理由は簡単だった。
誰もが、生涯忘れられない「痛快な見世物」を目撃していたからだ。
王都最大の下水道入口。
身長三メートルはあろうかという、食屍鬼のような巨大な怪物(元・国王)が、特注の巨大スコップを握りしめていた。
十年もの間、誰も手をつけなかった汚物の塊を、全力で掘り返し、かき出している。
休むことは許されない。
少しでも手を止めれば、すぐ傍らに立つミノタウロスの監督が、容赦なく鞭を振るうからだ。
城壁の近くでは――
何本もの腕を生やした怪物たち(元・貴族)が、何千キロもある石材をひょいひょいと担ぎ、軽快な足取りで城壁の修復を進めている。
かつては水筒のフタすら自分で開けなかった連中が、今や一流のクレーン車と化していた。
リンは仮設の指揮台に腰掛けながら、一枚のシフト表を眺めている。
「ふむ。悪くないな。」
横に控えるシルヴィへ、リンは満足げに頷いた。
「この“新人たち”は優秀だ。
週休ゼロ、日勤夜勤のダブルシフト、三百六十五日フル稼働。
給与は不要、福利厚生も不要。
一日一回、残飯をやっておけば、勝手に動き続ける。」
「このペースなら、王都の復興は一ヶ月で終わる。」
シルヴィは、かつて自分たちを見下していた貴族たちが、今は汗と泥に塗れて働く姿を見つめ、素直な尊敬を滲ませた。
「院長……殺すより、よほどこたえますね。
これが、あなたの言う“剰余価値の最大化”ですか?」
「違うさ。」
リンは肩をすくめる。
「これは“更生プログラム”だ。」
通りの両側では、民衆が路肩に並び、元・支配階級が糞を掻き出し、レンガを運ぶ様子を眺めながら、拍手喝采を送っている。
中には、わざわざ腐った野菜くずを投げつけて「差し入れ」する者までいた。
正義は――
このうえなく歪で、それでいて最高に痛快な形で、遂行されたのだ。
しかし。
街が解放の喜びに包まれ、リンがこの国を「深淵療養院・王都支部」と改称する案内板の文言を考え始めていたその時――
ドゴゴゴゴゴゴ……ッ!
大地が激しく震えた。
地震ではない。
広場の中央で地面が裂け、
凄まじい機械音と共に、十階建てのビルにも匹敵する超巨大ドリルマシンが、地の底からせり上がってきたのだ。
ドリルが止まり、ハッチが開く。
中から吹き出したのは、悪趣味なほど濃厚な香水の匂い。
絢爛たるシルクのローブをまとい、
十本すべての指に魔法の指輪をはめ、
口の中で黄金の歯をギラリと光らせる――太ったゴブリンの男が、武装した傭兵隊に守られながら姿を現した。
彼は、汚物まみれで下水を掻き出している元・国王を一瞥すると、露骨に顔をしかめ、鼻を押さえた。
そして、何事もなかったかのように、リンのもとへと歩み寄る。
「ええと……失礼。」
金歯の男は、満面の愛想笑いを浮かべていた。
だがその笑みは、目の奥まで計算ずくで、冷たい。
懐から取り出したのは、地面をずるずると引きずるほど長大な羊皮紙の請求書だった。
「拙者、『黄金連邦』第十三商会の会長、キンガと申します。」
「この度は、ご領地のオーナー変更、誠におめでとうございます。」
そう言ってから、にこりと笑い、請求書をテーブル代わりの箱の上にバサリと広げた。
「さて。前任の国王陛下ですが――『黒薔薇』(生物兵器)をご購入なさるにあたり、当連邦より多少のご融資をさせていただきまして。」
「担保といたしましては、この国の全土地所有権および、今後五十年間の税収を一括で……。」
キンガはそこまで言うと、請求書の最下段を指でトントンと叩いた。
「元本と利子を合算いたしまして……総額、一千億ゴールド。」
背後のドリルマシンから、黒々とした砲口が顔を覗かせる。
空気の温度が、一気に数度下がった気がした。
「さて、新しいオーナー様。」
キンガはにこやかに首をかしげる。
「現金一括にてお支払いになりますか?
それとも――この国を“資産パッケージ”として、そのまま地下オークションにかけてしまいましょうか?」
リンは天文学的な数字が並ぶ請求書を眺め、次に、笑みを貼り付けたままのゴブリンの顔を見た。
眼鏡の奥で、その瞳に危険な光が宿る。
「一千億、ね。」
湯呑みを手に取り、一口すすりながら、リンは小さく笑った。
「面白い。
ようやく――次の診察が始まりそうだ。」




