第二十一話 逆侵入作戦! サイバーパンク式“魔網ジャック”
(場所:王都・中央広場)
三日後。
王都は、祭りのような熱狂に包まれていた。
巨大な魔導スクリーンが広場の上空にホバリングし、王国内のすべての魔法拡声器には、すでに魔力が満ちている。
黄金の豪奢な鎧をまとった国王は、高台の中央に立っていた。その背後には教会の大司教と魔法協会の長老、周囲には重装備の王立近衛隊。
「我が臣民たちよ!」
国王の声が魔法を通じて王都全域へ、さらには辺境の村々にまで轟き渡る。
「深淵の悪魔が目を覚ましつつある!」
「あの邪悪なるリンと名乗る異端者は、我らが鉱山(※実際は工場)を占拠し、聖女を誘惑し、この世界そのものの崩壊を企んでいる!」
「ゆえに今こそ、古の禁呪を発動し、第99層を完全に浄化せねばならぬ!」
煽られた群衆は、怒号を上げる。「リンを処刑しろ」「悪魔を討て」と叫びながら、拳を突き上げた。
その人波の中で――
ごく普通の市民に化けたニーナが、そっと通信クリスタルを握りしめた。
『院長、シグナル接続完了。物理バックドア、オープンしました。』
『了解。』
第99層・深淵クリニック。
幾重ものケーブルと魔法陣で構成された指令室で、リンは回転椅子に腰を下ろしていた。
傍らでは、S級機娘アリスの双眸が青白く輝き、膨大なデータストリームがその周囲を流星のように駆け抜けていく。
「アリス。王国魔網中枢に侵入。」
リンが指示を飛ばす。
「ターゲット:全周波数帯のジャミングとハイジャック。」
「手段:トロイの木馬型マルウェア(Trojan Horse)。」
「――エグゼキュート。」
「了解。侵入プロトコル起動。」
◆ ◆ ◆
(王都・中央広場)
国王が王笏を高々と掲げ、禁呪発射の号令をかけようとした――その“見せ場”の瞬間だった。
ジジッ……ジジジッ……
広場上空の巨大魔導スクリーンが、一瞬だけチカッと明滅する。
直後、耳障りなノイズが国王の声をかき消した。
「な、何事だ!? 王立魔導師団! 早く確認せよ!」
国王の叫びに、首席魔導師が顔面蒼白で報告する。
「へ、陛下っ! 魔網が……魔網中枢がジャックされました!正体不明の巨大データストリームが制御権を侵食しています!防壁は――即座に貫通されました!」
次の瞬間。
バチンッ!
すべての魔導スクリーンが同時に暗転した。
闇。
ざわめき。
「どうなってるんだ……?」
「禁呪は?」
群衆がざわざわと騒ぎ出す。
三秒後――スクリーンが再点灯する。
だが、そこに映し出されたのは、王の顔ではなかった。
深淵の玉座に片肘をつき、白衣を着た男。
手には湯気の立つ紅茶のカップ。銀縁の眼鏡を指先で押し上げながら、どこか愉快そうにこちらを見下ろしている。
「こんばんは、王都の――“患者”の皆さん。」
リンの声が、王国のすみずみにまで届いた。ぞっとするほど上品で、なおかつ人の心を捕らえて離さない声だった。
「あなたたちの主治医、リンと申します。」
「今日は戦争の話をしに来たわけではありません。」
「ただ――少しだけ、“症状”についてお話ししようと思いまして。」




