第十九話 三大巨頭集結 そして「ネズミ」の潜入
それは、人間王国直属の暗殺部隊だった。
だが、彼らはタイミングを完全に間違えた。
アリスはリンに振り返る隙すら大い。
片腕を上げると、その掌が裂け、蒼いプラズマ砲口が姿を現す。
ズドン――。
世界は、再び静寂を取り戻した。
飛び込んできた暗殺者たちは、気づいたときには影のシミになっていた。
すべてを目撃した《鋼鉄の暴君》ブロックは、その場で心を折られた。
ストライキ問題は片付き、奇跡としか呼べない現象まで見せられた。
彼は即座に土下座し、売身契約書にサインをした。
こうして彼は、リン商会のCTO(最高技術責任者)に就任する。
その日を境に、リンの《深淵ビジネス帝国》の地図は、本格的に輪郭を持ち始めた。
数日後。
第九十九層《深淵診療所》。
事業は順風満帆。各階層の巨頭たちも、それぞれの持ち場で忙しく立ち働いている。
リンは院長室で、束の間の静寂を楽しんでいた。
「次の患者さん、どうぞ。」
ドアが開く。
入ってきたのは、どこにでもいそうな、か細い人間の少女だった。
質素な小花柄のワンピースを着て、うつむきがちに椅子へ腰を下ろす。
両手はぎゅっと組まれ、膝の上で忙しく指先が動いている。
「せ、先生……最近ずっと眠れなくて……心臓もドキドキして……」
蚊の鳴くような声。今にも泣きそうな、不安げな瞳。
どんな男でも、守ってやりたくなる類の「弱さ」だ。
【コメント】
『うわ、めちゃくちゃ可愛い子来た』
『この子は流石に本物の患者っぽいな……』
『リン先生、今日は優しくしてあげてください』
リンはペンを置き、柔らかく目を細めた。
「不眠と動悸、ね。」
「はい……怖くて……」
少女は顔を上げる。涙をためた瞳が、必死に助けを求めている。
「心音、聴かせてもらっていいかな。」
リンは聴診器を手に取る。
耳にかけることなく、そのまま少女の胸元へとそっと当てた。
少女の身体がびくりと震え、頬がぱっと赤く染まる。
聴診器から聞こえてくるのは、「トクン、トクン」と、あまりにも規則正しい心音。
一秒。二秒。
リンの口元の笑みが、わずかに深くなる。
彼は少女の耳元へと顔を寄せ、優しい――だからこそ背筋が寒くなるような声で囁いた。
「お嬢さん。演技は完璧だ。心拍数のコントロールも、よく訓練されている。」
「ただね。」
リンの指先が、彼女の鎖骨から滑り落ち、スカートの内側――太腿の付け根あたりで止まる。
「そこに隠している《血塗れの速効毒》付きのナイフ。」
「その“心音”(魔力波形)、ちょっとばかりうるさいんだ。」
少女の頬を彩っていた紅潮と羞恥は、一瞬で消え去る。
残ったのは、蛇のような冷たい縦長の瞳だけだった。
【コメント】
『??????』
『は? 刺客!?』
『この手のひら返しの速さwww』
「気づかれちゃった?」
もはや取り繕うことなく、少女は口元に冷笑を刻む。
手にしたナイフが一閃。空間が歪むほどの速度で、リンの喉元を正確に狙う。
「さすが、王国が懸賞金一億ゴールドをかけただけの男。」
「改めて自己紹介するわ。王国直属暗殺部隊《黒薔薇》隊長――千変の魔女。」
「いくら護衛が強くても、この至近距離じゃ防ぎようがない。……ここで終わりよ、リン。」
だが、リンは瞬きひとつしない。
避けもせず、身じろぎもせず。
「終わり? いや。」
「お嬢さん、一つ考えたことはないかい。」
「――どうして俺が、君みたいな“ネズミ”を、自分のオフィスまで平然と通したのか。」
パチン、と指を鳴らす。
院長室だと思っていた空間の壁が、鏡のようにひび割れて砕け散る。
「モォ。(ボスに手ぇ出そうってのは、どういう了見だ?)」
唯一の出口を塞ぐように、牛頭人のミノが立っていた。
「この子が、うちのボスを殺そうとしたって噂の害虫?」
窓辺のカミラは、ワイングラスを揺らしながら冷ややかに笑う。
「敵対対象を確認。殲滅モード、スタンバイ。」
リンの背後では、機械少女アリスが粒子砲のチャージを完了させている。
「おやおや、いい度胸だな。オレのテリトリーで暴れるとは。」
天井からは、逆さまにぶら下がったアスモデが顔を覗かせ、片手には食べかけのプリン。
リンは、みるみる青ざめていく刺客を見やり、穏やかな笑みを浮かべた。
「ようこそ――《深淵幹部合宿》へ。」
【コメント】
『全員悪役側で草』
『これもう暗殺じゃなくて、自宅に出前取りに来たレベル』
『刺客ちゃん、今からでも警察呼んだほうがいい』
『この面子、神様でも入室した瞬間に張り倒されるやつ』




