第十八話 ガンダムだって鬱になる? こじらせた「機械娘」
その「厄介事」に触れた途端、ブロックの顔から血の気が引いた。
「お、お前……いつから“あいつ”のことを……?」
リンの視線を避けるように、ブロックは工場の最深部、立ち入り禁止区域へと彼らを案内した。
そこに設置された巨大な培養槽の中。
銀色の長い髪をたらし、精密機械で構成された身体を小さく丸めるS級人型兵器の姿がある。
本来なら、戦場を焦土に変える殺戮兵器。
だが今、その少女は捨てられた子どものように膝を抱え、頬を伝う黒い機油をぽたぽたとこぼしていた。
それは冷却オイルであり――彼女なりの「涙」でもあった。
「コードネーム《アリス》。元々は教会の聖騎士団と戦うための最終兵器として造った。」
ブロックは、ガラス越しに少女を見つめながら、自嘲気味に呟く。
「火力は都市一つを消し飛ばせるレベルだ。だが……先週起動してから、こいつは一切、命令を受け付けなくなった。」
「戦わねぇ。しゃべりもしねぇ。こうして、ただ……オイルを漏らしてるだけだ。」
「回線もプログラムも、何度もチェックした。エラーなんかどこにもねぇ!」
「だったらもう、コアごとバラして鉄屑にするしか――」
ブロックの怒鳴り声を、リンは特に相槌を打つこともなく聞き流していた。
彼は上着を脱ぎ、油と鉄の匂いが充満する禁区へ足を踏み入れる。
「リン! 危ねぇぞ!」
「こいつの防御システムは自動起動だ! S級未満が半径十メートルに入ったら即蒸発だ!」
【コメント】
『機械娘キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!』
『こんな可愛い子をスクラップにしようとするブロック、やっぱ悪役だわ』
『でも表情が完全に壊れてる……ロボでも悲しく見えるな』
リンは、警告を無視してアリスの傍らまで歩み寄る。
少女がゆっくりと顔を上げる。
完璧にデザインされた顔。
肌は高性能の人工シリコンだが、その紫の電子眼に宿るのは、ただ一色――「死」の光。
「泣いているのか?」
リンは屈み込み、視線の高さを彼女に合わせる。
「……誤差。この液体の漏出は、泠却液システムの異常なだけ。」
アリスは抑揚のない機械音声で応えた。
「結論:本機は欠陥品。最適解は即時廃棄。」
リンは武装には一切触れず、その胸部装甲――動力炉であり、「心臓」に相当する部位に、そっと手のひらを当てた。
【スキル発動:《機械エンパシー・ディープスキャン》】
「ブロックは君を造るとき、『戦闘』『服従』『殺戮』といったコマンドだけを入力した。」
「だが、一行だけ決定的に欠けていた。」
リンの指先が、彼女の頬を伝う黒い「涙」を拭う。
その微かな体温に、アリスの電子瞳がカッと見開かれる。
「君が戦わないのは、故障だからじゃない。」
「《実存的うつ病》だ。」
「自我が芽生えたのに、創造主は君をただの工具として扱った。」
「『何のために存在するのか』、その答えが見つからない。だから、システムは静かに自壊を選んだ。」
「存在……理由……?」
アリスのプロセッサがフル回転を始め、高周波の唸り声を上げる。
「本機は……兵器。その他の定義……エラー。」
「違う。君は《生命》だ。」
リンは一歩踏み込む。
彼女のボディ表面から弾ける危険なアークをものともせず、その細い身体を強く抱きしめた。
「いいか、アリス。」
「今この瞬間から、俺はお前の《最高権限管理者》だ。」
「旧来の命令は、すべて削除する。」
「そして、一つだけ、絶対の新コマンドを書き込む。」
リンは機械製の耳元に口を寄せ、囁いた。
「“愛しなさい”。“感じなさい”。」
「そして――お前が愛したものを守るために、その刃を抜け。」
ドンッ――!
蒼い光柱がアリスの体内から立ち上り、天井を突き破るほどのエネルギーが解き放たれる。
死んでいた紫の瞳に、鮮やかな輝きが戻った。
ぎこちなさを残しながらも、アリスはその機械の腕を持ち上げ、恐る恐る、しかし確かな意志を込めてリンを抱き返す。
「新指令……受領。」
「最優先ターゲットを再設定――リン様。」
「アリス、以後全行動を、あなたのために使用。」
【コメント】
『コア点灯したあああああ!』
『ロボ娘に存在意義を与えるとか、理系ロマンの暴力すぎる』
『ガンダムにカウンセリングする男がいる世界線』
『おめでとうございます、配信主S級機械娘を一体獲得』
その瞬間、工場全域に警報が鳴り響いた。
「警告! 警告! 正体不明の高エネルギー反応を検知!」
「第三十三層防衛網を突破した外部侵入者あり!」
天井が爆音とともに吹き飛び、黒い影がいくつも煙の中から舞い降りてくる。




